徒歩《かち》で行つても日のあるうちに千住へつく。蟲干の時などには今でも背中の所の擦れた道中合羽が出ることがあるが、其擦れたところは風呂敷包の痕《あと》で、そんなに荷物を背負つても一日には骨が折れなかつたといふ程江戸には近いのであつた。それでも猪や鹿が出沒して作物を荒すので櫓《やぐら》を掛けて猪を打たといふ時代もある。此枝へ吊るして鹿の皮を剥いだのだといふ澁柿の大木があつた。余が其柿の木を知つた頃は鹿を吊るしたといふ枝は梯子も屆かぬ程上の方であつた。其位だから其頃は若しも天象の變化があるとかどうとかいふと喧しい程雉子が鳴いたもので、豌豆畑へ行けば雉子の卵がいくらでも採れたといつてゐる。鐵砲の上手であつたといふのは其時代の人であつた。或時獵に出て娘を見初めて貰つて來たのだといふ。其が後のふとつたおばあさんである。
 雉子や兎を追ひまはして喉が乾き切つた時に丁度林の中で一軒の家を見つけた。家といふのは固より傾いた藁葺だ、表の柱と柱との間にはおろし戸が一枚づゝ卸してあるのでなかは薄闇い。一杯の茶を乞ふ爲めに頭巾をとつてくゞり戸を開けた。此人が稀な美男であつた相だ。其時に茶釜から茶を汲んで呉れた
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