り相な容貌であつた。女は其夜から私の家の人になつた。私の情史の第一頁が此れから染められるのである。女は既に男といふものゝ間に築かれてある一重の垣が除かれた身であつたのである。女はおいよさんといつた。二十一だとかいつたが少し大柄であつたので二つ三つは隠して居るかと思はれた。おいよさんにはくつきりと色の白い所が第一の長所であつた。夜になると能く吊しランプの側で髪を束ねた。以前熱病に罹つたことがあつて其後髪の毛が恢復しないのだといつて夜束ねた髪も朝になると耳のあたりへ短い毛が少しこけて居るのであつた。おいよさんには何処といつて格別にいゝ所はなかつたが人の心を惹くのは其涼し相な目であつた。然しぢろりと横を見た時には意地の張つた女であるといふことを思はしめた。それは窮乏な家庭に成長した丈に野卑なさもしい処もありはあつたが、それは極めて冷静に見ていつたことで母も私も同情して居たのであるからそんな欠点を見付けよう抔といふ念慮は其時ちつとも持たなかつたのである。教師の子だけに手紙を書くことが女としては達者であつたのも母の心に投じたのであつた。おいよさんは毎日針仕事と炊事の手伝とをして居た。只時々その大
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