乗せて帰さうと思つたが街道の途中に車はなかつた。少し行くうちに幸藁屋の小さな茶店があつたので私はそこへ女を休ませた。私は茶店の婆さんから清心丹を貰つて女へやつた。暫くたつ内に女の顔色も恢復して来た。私は婆さんへ少しばかりの心づけをして茶店を立つた。女は有繋に帯の間から銭入を出したのであつたが私は無理にもどさせた。やつとのことで勿来の停車場へついた。上りの列車を待つ間私は態と女と離れて居た。女も凝然と腰挂けた儘いつまでも俯伏して居た。列車の窓から見ると日は青草の茂つた丘のあなたに隠れて其光を沖一杯に投げて居る。海の水は深い碧である。沖の小さい白帆が目に眩きばかり夕日の光を反射して居る。列車に乗つたかと思つたらもう関本の停車場である。私は人力車を呼んで女を乗せた。此の時女はもう余程恢復して居た。私は女の後から徒歩で急いだ。女の車が田甫を遥かに越えて丘の間に隠れるまで私は速い歩調を止めなかつた。

     八

 次の日女は一日座敷を出なかつた。尤も朝の内私の座敷の外へ来て昨日の義理を述べた。白地の絣の上に帯はきりゝと締めて居た。大抵の女はかういふ場合には笑顔を作つて挨拶をするのであるが、
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