頃女は障子の外を通るやうであつたがそれからはひつそりとして居るか居ないか分らぬやうであつた。私が起きた時女中は隣の座敷へ来て女の容子を聞いて居る様であつた。軈て女中は階子段から番頭を喚ぶと番頭は小綺麗な蒲団を抱えて上つて来た。隣の座敷では番頭と女中とが其蒲団を敷き換へて居る様であつた。私が障子の外へ出て見た時女は座敷を出て勾欄に近く入江を見て立つて居た。寝くたれた浴衣に肉色の扱帯をしどけなく垂れて居る。髪もさらりと耳のあたりへこけていつもより顔が蒼味を帯びて見えた。私を見て慌てゝ座敷へもどつて障子の蔭へあちら向に立つた。しどけない姿が少し障子の外へ出て見えて居た。番頭はお世辞をいうて居る。
「昨日はあの臭ひで大分お困りでござんしたらう。酷いものでござんすからね。それでも夜のうちに片付けて畢ひましたからもう臭いやうなことはありません。今日は海も凪がようござんすから誠にせい/\致して居ります。此分では後に又松魚船が参ります」
 女はそれに対して何とかいうて居るがそれが極めて低い声である。私は耳を峙てゝ聞くのであるが、いつでも女のいふことが能く分つたことはない。丁度私は磁石に吸はれたやうに隔
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