に此の臭は厭ですわね」
女中はこつそりとかういつた。私はふと女が懐胎して居るんぢやないかと思つた。さう思ふと酷く人に身を避けて居るやうなのが思ひ合される。
「此ぢやないか」
と私は手で腹を描いて女中に聞いた。女中は冷かに微笑しながら
「そんなこといふと旦那に叱られますがね、本当にをかしんですよ、それだがまだ見た処ぢや分りませんわね」
私へすりよつて小声でいつた。
お婆さんが階子段を昇つて来たので女中は慌てゝ行つて畢つた。
「只今はどうも」
とお婆さんは私に挨拶した。隣の座敷ではお婆さんの低い声が聞えた。
「どうだね、お前まだいけないかい。それぢやあつちの都合もあるから私は行くからね……」
あとの方は能く聞えなかつた。更に低く女の声がしたやうであつたがそれはちつとも分らなかつた。やがてお婆さんは小さな包を持つて出た。
「またお目にかゝります」
とお婆さんは私に挨拶して行つた。私は障子を開けて入江を見て居るとやがてお婆さんの車が威勢よくがら/\と走つて行つた。
其夜私は目が冴えてまぢ/\と雑念に駆られたのであつた。隣座敷の女が懐胎して居ると気がついた時私はおいよさんに対する
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