私の座敷をちらりと見て会釈して行つた。田舎の人としては品のいゝ怜悧相な人であつた。髪は油が乗つて居たが半分程は白いやうであつた。私はあのお婆さんは今日はじめて来た客かと女中に聞いて見た。女中はもう二三度来たことがあるので、隣の女もあのお婆さんが連れて来たのである。女はもう三週間ばかり隣の座敷に居るのである。さうしてお婆さんが来るといつでも此所の主人とお婆さんとで頻りに相談をして居るのだといつた。まだ海水浴といふ時節でもないから客も少ない此の港の宿に保養であるとしてもあの女は不思議である。私は箸をとりながら尚女中に聞いて見た。唯手持無沙汰にして聞くよりもかうして膳に向いて聞くのは私には張合があつた。
「私もよくは知りませんがね、あの方はお気の毒なんですと」
女中は丸盆を膝に立てゝかういつた。
「お前知つてるかいそれを」
私は聞かないわけには行かなかつた。
「本当はね、私知らないんですがね、さういふこといつてますんですよ」
「誰がいつてるんだい」
「此所の且那さんが他人でないんですつて、旦那さんがねあのお婆さんと噺しちや困つたなんていつていますよ、それだけですよ」
私は土瓶から注いだ
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