がまた六かしくなつた。私は湿つぽい室にばかり籠つて居た。身体がだるくなつて半日位うと/\と横になつて居ることもあつた。隣座敷の女も滅多に障子の外へさへ出ない。それでふつゝりと音沙汰もない。大方此も臥せつて居るのだらうと思はれるが私には女の座敷を覗く機会がない。一つの柱が両方の座敷を境してどちらの障子も其柱に建てつけてある。私は其柱から先へ理由もないのに一歩でも越えることは出来ない。越えて行つて見たとしても隣の座敷はひつそりと障子が閉てゝあるのであつた。それでも女が二階をおりて用達しに行くのには私の座敷の前を通らねばならぬ。其の時女は屹度袖で胸を掩うて居る。隣の障子がそつと開いた時いつでも私は目を欹てる。どうかすると女は障子を開けた儘私の座敷の前を通らぬことがある。私が障子の外へ出て見ると勾欄に両手をついて入江を見て居たのが障子をはたと締めて引つ込んで畢ふ。其時でも屹度衣物で胸を掩ふのである。散歩から帰つて見ると女は帳場の脇で新聞紙を見て居ることがある。女は隣座敷に只一人である。女一人で居るといふことがどうも私の腑に落ちぬ所であつた。さうかといつて女は決して厭らしい点はなくしをらしい容子
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