子は只それだけのことで私の記憶に存して居る程のことはなかつたのである。だから其後更に思ひ出すことも無かつたのであるが、おいよさんを何処かで見たことのある女のやうだと暫く案じて居た末到頭此が記憶から喚び起されたのであつた。おいよさんはさう思つて見ると其時の女の子である。或時私はそれとはなしに其土地に居たことがあるかないか聞いて見た。さうして其子がおいよさんであることを慥めた。それにしても私は其時の女の子と今のおいよさんとの容子が何から何まで変つて居るのには驚いた。私の夏羽織は其儘になつて居た。私のやうな辺鄙の土地に居るものは晴衣の夏羽織を用ゐることはそれは滅多にないことなので幾年でも仕立てた儘に保存されて居るのである。乳の痕が微かに見えて居た。私はおいよさんに見せて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]るのを見た。かういふ些細な事実がおいよさんと私との間を近くすることを速めた。それからといふものはお互に幾分遠慮がとれて来たのであつた。おいよさんが来たばかりの頃はまだ単衣であつた。風呂敷包一つ持つて近くの叔母の所へ客に行くといつて出た儘遁げて来たのだからといつておいよさんは紺飛白の
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