る。それが落ち切らぬ内に又あとの波が越える。釣する人は波の越える度に片足を揚げると波は其足の下を越える。巌越す波に攫はれぬ様にかうするのだらうと思ひつゝ絶えず然かもゆつたりと波を避けつゝある其様子を見乍ら暫く立つて居た。波はゆら/\とゆるく私の眼の前に膨れて更にそれが低くなつて汀にばしやりと白い泡を砕く。膨れあがつた波の面には更に幾つもの小さな波が動いて一度必ずきら/\と暑い日光を反射する。弓なりの網を持つた人はもう遥かに「ウタレ」を走りつゝ小さくなつて居る。其先には平潟の入江の口から遥かに遠く横はつて見える小名浜あたり一帯の土地が手を出したやうに突出して居る。私は磯を伝うて尚ほ進んだ。だん/\行くと「ウタレ」に近く大きな棚があつた。それが此の空闊な浜にたつた一つぽつりと立つて居る。以前塩をとつたことがあつたと見えて棚には麁朶が載せてある。此の浜を往来する人が盗むこともないと見えて麁朶はそつくりとしてあるやうに見える。雀が棚に聚つて騒がしく囀つて居る。雀がどうしてこんな所に鳴いて居るのであらうか、雀は蛇が乾いた砂を渡らぬことを知つてさうして此の棚に其子を育てやうと云ふのであらうか。雀は便利な人の檐端を恐ろしい蛇の為めに追はれたのである。それにしてもどうして此の棚が棄て去られたのであらうか。恐らく失敗のなごりであらう。私は砂を攫んで投げて見た。雀は一斉にばあと飛んで松原を越えて行つた。此の空闊な浜を控へて後には一帯の松原が濃い緑を染めて居る。日がいつかぼんやりとなつて薄い雲を透して見えながら雨がはら/\と落ちて来た。私はざくり/\と踏み止りのない砂の上を松原へ駈け込んだ。さうして私は松の根方に一人の女の俯伏して居るのを見て喫驚した。只凝然として見て居たが服装もしやんとしたどうも見たことがあると思つたら慥に私の隣座敷の客であつた。女はどうしてこんな所に来たものであつたかと狐につままれたやうに思つた。女は大儀相である。私はそれを見棄て去ることが出来なかつた。
「どうかしましたか」
 と私は聞いた。暫くたつて女は私の声を聞いて顔をあげた。いつもより蒼白い女も、喫驚したやうであるがそれでもしをらしく落付いて居つた。
「いゝえ、どうも致しませんが、少し……」
 と云ひ淀んで居る。
「それでもどうかなすつたんでせう」
 私は下手な聞き様をしたものである。
「少し気分が悪るうござい
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