心配が募つて来た。手紙にあるのが本当であればおいよさんの身体にはもう変化が起りかける時期である。おいよさんも隣座敷の女のやうに陰気にならねばならぬであらう。平生から虚弱な身体ではましてさうなければなるまい。おいよさんは正月に行つた時も懐胎して居た。さうして人知れず恐ろしい罪を犯して身軽になつた。ほつと息をつく間もなく又懐胎して畢つたのである。私等はよく/\運も悪いのであつた。おいよさんはもう此度は身体が恐ろしくてそんなことは出来ないというて独で苦しんで居るのである。隣座敷の女はどんな事情が纏綿して居るであらうか。おいよさんのやうな境遇に在るのではなからうかと私には思はれてならぬ。さうしておいよさんのしたやうな罪を犯す念慮もなく又さういふ方法も知らず只沈んで居るのであらう。それを思ふと私は窃に愧ぢ入らねばならぬ。然しおいよさんの心持になつて見ると私は一概においよさんを貶して畢ふ気にはなれぬ。おいよさんは夫を嫌つて遁げて来たのである。それが一家の事情から今では其夫の村に近く住まねばならなくなつた。懐胎してはもう私の家には居られないのである。そこはどういふことにしても体面上私の家ではおいよさんを置く訳に行かないからである。さうかといつておいよさんは耻を曝して嫌つた夫の近くに居ることが出来ようか。さうして思案の末に嘗て自分が知合であつたといふ女を訪ねる気になつたのである。おいよさんはそれつ切り私の家に来なかつたならばもう心配を招くことはなかつたのである。然し私も喚んで見たかつたし、おいよさんも来ることが厭でなかつたばかりに更に又苦労の種が播かれたのである。おいよさんは私の冷かな情に弄ばれたのである。私は到底陋劣である。私の母は能く穿鑿して見ねば容易な判断は下せないといつたが私はどうしてもおいよさんを信じて私も亦十分に苦んでやらなければおいよさんに済まぬ。私はいつそおいよさんが逢ひたいといつた場所で逢つてやればよかつたとかういふ塩梅に私は此の夜いつになくおいよさんに同情が湧いた。私は港へ来てからもおいよさんとの交渉がどうなつたか思案しない日はなかつた。私の鬱して居た心は余計に雨を厭うたのであつた。私はおいよさんの身の始末に思ひ到ると隣座敷の女に対してどういふものか微かな恐怖心を抱くやうになつた。

     七

 次の朝私は疲れたやうになつて起きられなかつた。漸く眼が醒めた
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