つ[#底本では「っ」]た儘である。暫く立つて見たが障子の内は只静かである。おいよさんはどうして居るのであらうか、或はうつかり眠つて畢つたのではなからうか、眠つたとすると枕元へ引きつけたランプは危険である。それで私は障子に近づいて外からがた/\と軽く障子を動かして見た。起きて居るならば何とか驚いて声を立てる筈であるのに一向返辞もない。私は有繋に心が咎めながら到頭障子を開けて見た。おいよさんは熟睡して居る。こちらを向いてさうして蒲団の外へ延した右の手から雑誌が披いた儘こけて居た。大縞の浴衣を着たしどけない姿で肩が挂蒲団から脱け出して居た。枕元の二分心のランプは心が一杯に出て油煙が微かにホヤの上に立つて居る。さうして室内はほのかに臭くなつて居た。おいよさんは深夜に障子を開けて私がはひつて来たとは知らない。さうして軽く体に波を打たせながら息づく外に微動もしない。ランプの光はおいよさんの無心な白い顔を見守つて居る。私は立つたまゝ堅くなつたやうになつて見おろした。おいよさんの口もとの筋がどうしたのか少しぴく/\と動いた。私はつとしやがんでランプの心を引つ込めた。裾がおいよさんの手に触れた。おいよさんはぎよつと目を開いた。さうして驚いた機会にすつと一時に息を吸ひ込んで、まあと一声出して打消すやうに手を挙げた。おいよさんは手を引きながらランプのホヤを倒した。おいよさんは慌てゝ身を起しかけた。其時はもう私が火を吹つ消したのでおいよさんの姿は只目前に見えなくなつてしまつた。それと同時に生暖い風がふわりと私の肌に感じた。

     四

 翌朝目が醒めて見ると秋の日が障子の腰にかつと光を投げ掛けて居た。私は暫くもぢ/\して天井の木理を見つめて居た。以前からどうかすると酷く体がゝつかりして居て唯ぼうつとして時間を過すのが屡であつた。此は私が病気の為であつた。小勢であるだけ私の家はひつそりして居るのであるが今朝はそれが殊更静に感ぜられた。障子の外では庭で傭人が陸稲を扱きはじめたと見えてぼり/\と懶相な音が聞える。又目を瞑つて居ると襖がそつと開いたやうである。ふと見るとおいよさんが私の部屋の外へ塵払と箒とを挂けに来たのである。おいよさんが箒を取りに来た時は私はまだ熟睡して居たらしかつた。襖をそつと締める時おいよさんは冠つて居る白い手拭の下から私を見て嫣然とした。おいよさんが嫣然とする時には屹
前へ 次へ
全33ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング