洗ひ曝しと中形の浴衣と二枚より外持つては居なかつた。浴衣を着て襷挂になるとおいよさんは一寸人目を惹くのであつた。紺絣は柄が不似合なので別人のやうになるのであつた。秋も涼しくなつたのでおいよさんは其紺絣ばかり着るやうに成つた。私はそれを心に不満足に見て居た。だがこれまでも私には妙な一つの癖があつた。一人の女を始終見て居るとすると悪く見えて居る所がなくなつてくれゝばいゝがと思ひながら見ては又見るのである。悪い処が幾らづゝでも私の目に悪く映る度合の減ずるやうに心挂けるのであつた。私は見馴れることに勉めたといへばいへるのである。おいよさんの紺絣の姿もだん/\見づらくないやうになつた。おいよさんは私の冬着の支度に骨折つて居た。或日私が秋草の植込に水を注いで居た。私の村のやうな辺鄙な土地で秋草を作らうといふものは私の外には一人もないのである。私はそれを自慢の一つにして居たのである。
「あなた一寸お出でなすつて下さい」
おいよさんは呼びに来た。座敷へ行つて見ると
「これを通して見て」
縫ひ上げた綿入を二つ襲ねておいよさんは私の後へ廻つた。
「どうするんだい」
どうするか私に分らないことはないのだが、黙つて立つて居るのが極りが悪いやうな気がしたのでかういつたのである。私はどこまでも初心であつた。
「あらまあどうでもようござんすよ」
おいよさんは構はずに衣物を私に引つ挂けさせて、後で膝をついて裾を合せて引張つて見たり、前へ立つて袖を横に引つ張つて見たりして白いしつけ糸をとつて口に入れては歯で噛みながら
「もう何処へ行つてもようござんすよ」
おいよさんは衣物をとりながら私を見て嫣然とした。おいよさんは遠慮がとれると共に私に対してはき/\して来た。私の家庭に於いておいよさんは便利な人になつた。特に私には日常のすべてに於て女といふものゝ便利なことをつく/″\と感ぜしめた。
秋も冷かになつた。教師はよく来たがおいよさんの為めに袷の用意をして来ない。母はどうせ届けてよこす見込はないのだらうと唐桟の袷地を買つてやつた。夜ランプの下でおいよさんが袷地をいぢりながら母へ義理を述べた時には私は心窃にうれしかつた。次の日においよさんは反物の尺を測つて一寸考へて復た測つてそれを裁たうとして居ると、教師からだといつて近所から行く生徒が手紙を持つて来た。おいよさんは反物を拡げた儘すぐに封を切つた。
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