柄なのには似合はず加減が悪いといつては臥せることがあつた。教師はおいよさんが来てから遠い処を能くおとづれた。好きな酒も非常に遠慮して時には遁げるやうにして飲まずに帰ることもあつた。さうしておいよさんが平生から虚弱であつたことをいつて母へ哀訴するやうに頼んで行くのであつた。教師の腰の低い割合においよさんにはツンとした所があつた。我儘に育てられた女であつたのだ。尤も此は私がおいよさんと別れてから母も私も思つたことである。私の病気のために心配した母はおいよさんにも深く同情したのである。障子の蔭で針仕事をしながら
「おいよさんもお弱くて困りますね。それに何だか思はしくないんですつてお父さんも大抵の苦労ぢやないんでせうね。あなたも我慢することは出来ないんですかね」
私の母がいつたことがあつた。
「どうしても私厭なんでございますから」
暫くたつてからおいよさんの声でかういつた。
「それでもあちらでは戻したいといふんぢやありませんか」
「どうでございますか」
「此間あちらから人が来た相でしたね」
「そんなことを父が申して居りましたが」
「籍はまだ送つてないんだつてましたね」
「まだこちらにございますから私さへ戻らなければそれまでなんでございます」
「そんなことを聞いては何ですがそれには訳もあるんでせうがね」
「私どうしても厭なんでございます」
私は襖を隔てゝかういふことを聞いたことがある。私は耳を欹てた。おいよさんは戸籍は送つてないといつたけれど夫のある女である。夫のある女といふものは決して善い感じを与へるものではないのである。然し私に近くおいよさんの居ることは私に少しも不快の感を起させない。おいよさんが私の家に少し落ち付いた頃私は其涼し相な目を見てふと何処かで見たことがありはしないかと思つた。追求の念が絶えず私をそゝつておいよさんの顔を見させたのである。おいよさんは此を何と思つたか、私がおいよさんを見る度においよさんも私を見返すのであつた。
三
其頃からでは余程前のことであつた。或遠方の姻戚に葬式があつたことがあつた。夏といつてもまだ暑いといふ頃ではなかつたが、竹の筒には百合の花が供へられてあつた。藪の草の中などにはまだ山百合が膨れ出しもしなかつた位であつたから、草花の好な私は其白い花が何といふ百合であるかと見て居たのであつた。其土地は私の村とは違つて樹立
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