りまはつて居た蠅が五月蠅く顏をはひまはる。荷物の風呂敷で顏を掩うた。さうして居ると襯衣がひどくしめつぽく不快に感じ出した。かた/″\心持が落付かぬので到底眠ることが出來ない。風呂敷をとつて起きて見ると娘はいつかこちら向になつて肘を枕に横臥して居る。どうしても大儀相な容子である。娘はやがて仕事を捨てゝ去つた。余は娘の仕事をして居た座敷が明るいので座敷をとりかへることにしてもらつた。余は又横に成つてごろ/\して居ると何時の間にか娘はまた余がさつきの座敷の襖の蔭に横になつて居る。粉を舂いて居たのは娘の母と見えてそこへ括り枕を持つて來てそつと掻卷を掛けてやつた。銀杏返しに結つた娘の髮が開け放つた襖の蔭から少し出てすぐ余が眼の前にこちらを向いて居る。盆が來るといふので母が結うてやつたのであらうか油がつや/\として居る。余は此は病身な娘で仕事でも何でも只氣任せにして置くのだらうと思ふとひどく哀れになつて時々娘を見るといつもぢつとして日の暮れるまで動かぬのであつた。其翌朝は雨がじと/\と降つて居た。蒲團の中でもぢ/\して居るとそここゝでぽん/\と杵の音が聞える。便所へ立つたら隣の家の窓に白い大きな團子の盆に竝べてあるのが見えた。余の座敷の近くにある宿の佛壇を見るとそこにも皿へ團子が堆く供へてある。佛壇にも青笹だの鬼灯だのが飾つてあつて燈明がともつて居る。余は一つは好奇心から宿へ其團子を請求した。昨日の娘が一皿持つて來てくれた。黄粉がふり掛けてあつて其の上から砂糖がばらつと掛けてある。すぐに箸をとつて見る。只臼で搗いた粉はあらかつたと見えて齒切が餘りよくはなかつたがそれでも余は一つも殘さなかつた。皿の底の黄粉まで丁寧にくつゝけてたべてしまつた。皿を持つて來た所をつく/″\見ると娘は眼のまはりが幾らか隈になつて容易ならず貧血して居るのである。何處までも大儀相な果敢ない姿である。しとやかなのも病身故であらうと思ふと又改めて切ない哀れな心持になる。余は身体が惡いのかと聞いたら娘はいゝえと只一言曖昧にいつた。余は更に此の土地にも盆には踊があるかと聞いたらありませんといつた。心持のせいかそれが酷く淋しく聞えた。皿を置いて立つて行く娘の後姿を見たらふと帶の結び目の非常に小いのに氣がついた。拳の大さ程であつた。
二
其日は後に雨が止んだ。降るだけ降つた雨は地上の草木に濕ひを殘し
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