も心おきがなくていゝと思ふと窃にうれしかつた。主人はあの通り海が惡いので濱はもうかれこれ五六十日も不漁だから麥飯と大根ばかりを噛つて居なくちやならねえがそれでよけりやあ幾日でも遠慮なんぞするこたあねえといつた。波の響は松原越しにどう/\と鳴り轟いて此所まで波が打ち揚げて來はせぬかと思ふやうである。
貝殼の碎けが白く散らばつた麥畑を過ぎて短い枯草の小道から小松林を出ると濱である。小松の中には布子を引つ掛けた漁夫が二三人寒風に吹き曝されながら懷手のまゝぼんやりと際涯もない沖を見つめて居る。波はづどうんと打ちつけては裾から卷きかへし/\土手のやうに立ちあがつて見渡す濱遠く只眞白である。乾燥しきつた濱の砂は北へ/\と飛ぶ。飛ぶといふよりは流れるのである。下駄の齒を踏ん込むと流るゝ砂はさら/\と足袋の上を越えて走る。小松林に近く船が二艘曳き揚げられてあつて船大工が破損の板張りをして居る。大工の手許から一枚々々にまくれて出る鉋屑は流るゝ砂の上をすうつと走つてはくる/\と轉りながら後から/\出てこれも北へ/\と走る。
濱は不漁がつゞくといふと貧乏な漁師共に懷をむしられるので網主はよく/\疲弊して
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