下駄《げた》の趾《あと》をつけて出《で》てから間《ま》もなく勘次《かんじ》は褥《しとね》を蹴《け》つて竈《かまど》に火《ひ》を點《つけ》た。それからおつぎが朝餐《あさげ》の膳《ぜん》を据《す》ゑる迄《まで》には勘次《かんじ》はきりゝと仕事衣《しごとぎ》に換《かへ》て寒《さむ》さに少《すこ》し顫《ふる》へて居《ゐ》た。おつぎも箸《はし》を執《と》る時《とき》は股引《もゝひき》の端《はし》を藁《わら》で括《くゝ》つて置《お》いた。勘次《かんじ》は開墾《かいこん》の土地《とち》が年々《ねんねん》遠《とほ》くへ進《すゝ》んで行《い》つて、現在《いま》では例年《いつも》の面積《めんせき》では廣過《ひろすぎ》て居《ゐ》たことを心《こゝろ》づいたので、彼《かれ》は少《すこ》しの油斷《ゆだん》も出來《でき》なくなつた。彼《かれ》は毎日《まいにち》のやうにおつぎを連《つれ》て、唐鍬《たうぐは》で切《き》り起《おこ》した土《つち》の塊《かたまり》を萬能《まんのう》の背《せ》で叩《たゝ》いては解《ほぐ》して平坦《たひら》にならさせつゝあつたのである。
 卯平《うへい》は先《ま》づ勘次《かんじ》の戸口《とぐち
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