越《てごし》したな爺樣《ぢさま》だつちつたつて、親《おや》のこと謝罪《あやま》れつちことも云《ゆ》はんねえから何氣《なにげ》なしのことにして押《お》つゝけべぢやねえか、なあ」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はさういつて卯平《うへい》の狹《せま》い戸口《とぐち》に立《た》つて居《ゐ》た。
「こつちのおとつゝあん、わしも此《こ》れ變《へん》な噺《はなし》だが勘次《かんじ》さんに頼《たの》まれたやうな形《かたち》でまあ來《き》たんだがね、昨日《きのふ》の日暮《ひくれ》とかにそれ、そつちこつち仕《し》たつちことだつけが、勘次《かんじ》さんもそんなに惡《わ》りい心持《こゝろもち》で云《ゆ》つたんでもねえ鹽梅《あんべえ》だし、まあ手《てえ》ついて謝罪《あやま》らせんの何《なん》だのつちことでなく、此《こ》ら其《そ》の場《ば》限《かぎ》りとして仲善《なかよ》くやつて貰《もれ》えてえんだがどうしたもんだんべね、腹《はらあ》立《た》たせんなこら惡《わ》りいかも知《し》んねえが、親子《おやこ》と成《な》つてゝ此《こ》れ、ちつとのことで後《あと》で考《かんげ》へて見《み》ちやつまんねえもんだから、なあこつちの
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