は》つてこちらを見《み》る。鼠麹草《はゝこぐさ》の花《はな》が皆《みな》投《な》げ竭《つく》されて與吉《よきち》は又《また》おつぎを喚《よ》んだ。
「おうい」とおつぎの情《じやう》を含《ふく》んだ聲《こゑ》が遠《とほ》くからいつた。おつぎの返辭《へんじ》を聞《き》いては與吉《よきち》は口癖《くちぐせ》のやうに姉《ねえ》よと喚《よ》ぶ。其《その》度《たび》毎《ごと》におつぎは忙《いそが》しい手《て》を動《うご》かしながらそれに應《おう》ずるのである。
 正午《ひる》にはまだ間《ま》があるうちに午餐《ひる》の支度《したく》を急《いそ》いでおつぎは田圃《たんぼ》から茶《ちや》を沸《わか》しにのぼる。與吉《よきち》は悦《よろこ》んでおつぎの背《せ》に噛《かぢ》りついた。勘次《かんじ》は後《あと》で獨《ひと》り耕《たがや》した。青《あを》い煙《けむり》が楢《なら》の木《き》から立《た》つて軈《やが》て
「沸《わ》いたぞう」とおつぎの聲《こゑ》で喚《よ》ばれるまでは勘次《かんじ》は忙《いそが》しい其《そ》の手《て》を止《と》めなかつた。
 午餐過《ひるすぎ》からおつぎは縫針《ぬひばり》へ絲《いと》
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