う》した落葉《おちば》は迅速《じんそく》に火《ひ》を誘導《いうだう》して彼《かれ》の横頬《よこほゝ》を舐《ねぶ》つて、彼《かれ》は思《おも》はず聲《こゑ》を放《はな》つたのである。卯平《うへい》は慌《あわ》てて再《ふたゝ》び茶碗《ちやわん》を落《おと》した。彼《かれ》は突然《いきなり》與吉《よきち》を傍《かたはら》に掻《か》き退《の》けた。彼《かれ》はさうして無意識《むいしき》に火《ひ》に成《な》つた落葉《おちば》を掻《か》き出《だ》さうとして、自由《じいう》を失《うしな》うた手《て》の鈍《のろ》い運動《うんどう》が其《そ》の火《ひ》を消《け》すに何《なん》の功果《こうくわ》もなかつた。彼《かれ》は焔《ほのほ》の儘《まゝ》に輕《かる》い落葉《おちば》の籠《かご》を庭《には》へ投《な》げればよかつたのである。疾風《しつぷう》は必《かなら》ず其《そ》の落葉《おちば》を散亂《さんらん》せしめて、火《ひ》は遠《とほ》く燃《も》えながら走《はし》るにしても、片々《へんぺん》たる落葉《おちば》は廣《ひろ》い區域《くゐき》に悉《ことごと》く其《そ》の俤《おもかげ》をも止《とゞ》めないで消滅《せうめつ》して畢《しま》はねば成《な》らぬのであつた。然《しか》しながら慌《あわ》てた卯平《うへい》の手《て》は此《かく》の如《ごと》き簡單《かんたん》で且《かつ》最良《さいりやう》である方法《はうはふ》を執《と》る暇《ひま》がなかつた。火《ひ》は復《また》怒《いか》つて彼《かれ》の頬《ほゝ》を舐《ねぶ》り彼《かれ》の手《て》を燒《や》いた。彼《かれ》の目《め》は昏《くら》んだ。一|時《じ》に激《げき》した落葉《おちば》の火《ひ》はそれが久《ひさ》しく持續《ぢぞく》されなくても老衰《らうすゐ》した卯平《うへい》の心《こゝろ》を奪《うば》ふには餘《あま》りあつた。卯平《うへい》の視力《しりよく》が再《ふたゝ》び恢復《くわいふく》した時《とき》には火《ひ》は既《すで》に天井《てんじやう》の梁《はり》に積《つ》んだ藁束《わらたば》の、亂《みだ》れて覗《のぞ》いて居《ゐ》る穗先《ほさき》を傳《つた》ひて昇《のぼ》つた。火《ひ》は乾燥《かんさう》した藁束《わらたば》の周圍《しうゐ》を舐《ねぶ》つて、更《さら》に其《その》焔《ほのほ》が薄闇《うすぐら》い家《いへ》の内《うち》から遁《のが》れようとして屋根裏《やねうら》を偃《は》うた。それが迅速《じんそく》な火《ひ》の力《ちから》の瞬間《しゆんかん》の活動《くわつどう》であつた。舐《ねぶ》つた火《ひ》は更《さら》に此《こ》れを噛《か》んでずた/\に崩壞《ほうくわい》した藁束《わらたば》は其《そ》の火《ひ》を保《たも》つた儘《まゝ》既《すで》に其《そ》の勢《いきほ》ひを沈《しづ》めた落葉《おちば》の上《うへ》にばら/\と亂《みだ》れ落《おち》て其處《そこ》に復《ま》た火勢《くわせい》が恢復《くわいふく》された。惘然《ばうぜん》として自失《じしつ》して居《ゐ》た卯平《うへい》は藁《わら》の火《ひ》を浴《あ》びた。彼《かれ》は慌《あわ》てゝ戸口《とぐち》へ遁《に》げ出《だ》した時《とき》火《ひ》は既《すで》に赤《あか》い天井《てんじやう》を造《つく》つて居《ゐ》た。煙《けぶり》は四|方《はう》から檐《のき》を傳《つた》ひてむく/\と奔《はし》つて居《ゐ》た。蛇《へび》の舌《した》の如《ごと》くべろ/\と焔《ほのほ》が吐《は》き出《だ》された。吹《ふ》き募《つの》つて居《ゐ》る疾風《しつぷう》は直《す》ぐに其《その》赤《あか》い舌《した》を吹《ふ》き拗切《ちぎ》らうとした。後《あと》から/\と勢力《せいりよく》を加《くは》へて吐《は》き出《だ》す煙《けぶり》や焔《ほのほ》は穗《ほ》の如《ごと》く壓《お》し靡《なび》かされた。
火《ひ》は瞬間《しゆんかん》に處々《ところ/″\》落《お》ち窪《くぼ》んで窶《やつ》れた屋根《やね》を全《まつた》く包《つゝ》んで畢《しま》つた。卯平《うへい》は數分時《すうふんじ》の前《まへ》に豫期《よき》しなかつた此《こ》の變事《へんじ》を意識《いしき》した時《とき》殆《ほと》んど喪心《さうしん》して庭《には》に倒《たふ》れた。土塊《どくわい》の如《ごと》く動《うご》かぬ彼《かれ》の身體《からだ》からは憐《あはれ》に微《かす》かな煙《けぶり》が立《た》つて地《ち》を偃《は》うて消《き》えた。藁《わら》の火《ひ》を沿《あ》びた時《とき》其《そ》の火《ひ》が襤褸《ぼろ》な彼《かれ》の衣物《きもの》を焦《こが》したのである。然《しか》し其《そ》の火《ひ》は灸《きう》の如《ごと》き跡《あと》をぽつ/\と止《とゞ》めたのみで衣物《きもの》の心部《しんぶ》は深《ふか》く噛《か》まなかつた。埃《ほこり》は彼《か
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