》に暖氣《だんき》を欲《ほつ》して、茶釜《ちやがま》を掛《か》けた竈《かまど》の前《まへ》に懶《だる》い身體《からだ》を据《す》ゑて蹲裾《うづくま》つた。彼《かれ》は更《さ》らに熱《あつ》い茶《ちや》の一|杯《ぱい》が飮《の》みたかつたのである。彼《かれ》は竈《かまど》の底《そこ》にしつとりと落《お》ちついた灰《はひ》に接近《せつきん》して手《て》を翳《かざ》して見《み》た。まだ軟《やはら》かに白《しろ》い灰《はひ》は微《かすか》に暖《あたた》かゝつた。彼《かれ》はそれから大籠《おほかご》の落葉《おちば》を攫《つか》み出《だ》して茶釜《ちやがま》の下《した》に突込《つゝこ》んだ。與吉《よきち》も側《そば》から小《ちひ》さな手《て》で攫《つか》んで投《な》げた。卯平《うへい》の足《あし》もとには灰《はひ》を掩《おほ》うて落葉《おちば》が散亂《さんらん》した。落葉《おちば》は卯平《うへい》の衣物《きもの》にも止《とま》つた。卯平《うへい》は竹《たけ》の火箸《ひばし》の光《さき》で落葉《おちば》を少《すこ》し透《すか》すやうにして灰《はひ》を掻《か》き立《た》てゝ見《み》ても火《ひ》はもうぽつちりともなかつたのである。彼《かれ》はそれから燐寸《マツチ》を深《さが》して見《み》たが何處《どこ》にも見出《みいだ》されなかつた。彼《かれ》は自分《じぶん》の燐寸《マツチ》を探《さが》しに狹《せま》い戸口《とぐち》へ與吉《よきち》をやらうとした。與吉《よきち》は甘《あま》えて否《いな》んだ。彼《かれ》はどうしても懶《だる》い身體《からだ》を運《はこ》ばねばならなかつた。
 卯平《うへい》の手《て》もとは餘程《よほど》狂《くる》つて居《ゐ》た。彼《かれ》はすつと燐寸《マツチ》を擦《す》つたが其《そ》の火《ひ》は手《て》が落葉《おちば》に達《たつ》するまでには微《かす》かな煙《けぶり》を立《た》てゝ消《き》えた。燐寸《マツチ》はさうして五六|本《ぽん》棄《す》てられた。與吉《よきち》は其《そ》の不自由《ふじいう》な手《て》から燐寸《マツチ》を奪《うば》ふやうにして火《ひ》を點《つ》けて見《み》た。卯平《うへい》は與吉《よきち》のする儘《まゝ》にして、丸太《まるた》の端《はし》を切《き》り放《はな》した腰掛《こしかけ》に身體《からだ》を据《す》ゑて其《そ》の窶《やつ》れた軟《やはら》かな目《め》を蹙《しか》めて居《ゐ》た。慌《あわ》てた與吉《よきち》の手《て》は其《そ》の軸木《ぢくぎ》の先《さき》から徒《いたづ》らに毛《け》のやうな煙《けぶり》を立《た》てるのみであつた。彼《かれ》は焦躁《じ》れて卯平《うへい》の足《あし》もとの灰《はひ》へ燐寸《マツチ》の箱《はこ》を投《な》げた。箱《はこ》はからりと鳴《な》つた。箱《はこ》の底《そこ》はもう見《み》えて居《ゐ》たのである。卯平《うへい》は目《め》を蹙《しか》めた儘《まゝ》燐寸《マツチ》をとつて復《また》すつと擦《す》つて、ゆつくりと軸木《ぢくぎ》を倒《さかさ》にして其《そ》の白《しろ》い軸木《ぢくぎ》を包《つゝ》んで燃《も》え昇《のぼ》らうとする小《ちひ》さな火《ひ》を枯燥《こさう》した大《おほ》きな手《て》で包《つゝ》んで、大事相《だいじさう》に覗《のぞ》いた。それが復《また》二三|度《ど》反覆《くりかへ》された。手《て》の内側《うちがは》がぼんやりとしてそれから段々《だん/\》に明《あか》るく成《な》つて火《ひ》は漸《やうや》く保《たも》たれた。茶釜《ちやがま》の底《そこ》に觸《ふ》れるばかりに突込《つゝこ》まれた落葉《おちば》には斯《か》うして火《ひ》が點《つ》けられた。落葉《おちば》には灰際《はひぎは》から其《そ》の外側《そとがは》を傳《つた》ひて火《ひ》がべろ/\と渡《わた》つた。卯平《うへい》は不自由《ふじいう》な手《て》の火箸《ひばし》で落葉《おちば》を透《すか》した。火《ひ》は迅速《じんそく》に其《そ》の生命《せいめい》を恢復《くわいふく》した。彼等《かれら》の爲《ため》に平生《へいぜい》殆《ほと》んど半《なかば》以上《いじやう》を無駄《むだ》に使《つか》はれて居《ゐ》る焔《ほのほ》が竈《かまど》の口《くち》から捲《まく》れて立《た》つた。然《しか》し其《そ》の餘計《よけい》に洩《も》れて出《いづ》る焔《ほのほ》が彼《かれ》の自由《じいう》を失《うしな》うて凍《こほ》らうとして居《ゐ》る手《て》を暖《あたゝ》めた。彼《かれ》は横《よこ》に轉《ころ》がした大籠《おほかご》からかさ/\と掻《か》き出《だ》しては燃《も》え易《やす》い落葉《おちば》を間斷《かんだん》なく足《た》した。
 與吉《よきち》は卯平《うへい》の側《そば》から斜《なゝめ》に手《て》を出《だ》して居《ゐ》た。卯平《う
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