聲《こゑ》を投《な》げ掛《か》けるやうにしていつた。
「さうだこと云《や》あねえで、そら來《き》たつとかう手《てえ》つんだすもんだ、倦怠《まだるつこ》くつて仕《し》やうねえ此等《こツら》がな」先刻《さつき》の爺《ぢい》さんは又《また》一|杯《ぱい》をぐつと干《ほ》して呶鳴《どな》つた。
「さうだよ、飮《の》まつせえよおめえ、めでゝえ酒《さけ》だから、威勢《えせえ》つければおめえ身體《からだ》の工合《ぐえゝ》だつてちつと位《ぐれえ》なら癒《なほ》つちやあよ」婆《ばあ》さん等《ら》は又《また》侑《すゝ》めた。
「此《こ》の人《ひと》も勘次《かんじ》どんにや善《よ》くさんねえごつさら、困《こま》つたもんさな、そんだつておめえさうえもな仕《し》やうねえから、さうえにくよくよしねえ方《はう》がえゝよ」他《た》の婆《ばあ》さんもいつた。
「身體《からだ》の工合《ぐえゝ》惡《わ》りいなんて、さうだ料簡《れうけん》だから卯平等《うへいら》仕《し》やうねえ、此等《こツら》ようまづだなんて、ようまづなんち病氣《びやうき》は腹《はら》の蟲《むし》から出《で》んだから、なあに譯《わき》あねえだよ、蛇《へび》でかう扱《こ》きおろすんだ、えゝか、俺《お》れこすつてやつから、いや本當《ほんたう》だよ俺《お》らがなんざあ」小柄《こがら》な爺《ぢい》さんは非常《ひじやう》な勢《いきほ》ひでいつた。
 首《くび》の珠數《じゆず》は彼《かれ》の聲《こゑ》が喉《のど》を膨脹《ばうちやう》させるので其《その》度《たび》毎《ごと》に少《すこ》しづゝ動《うご》いた。
「俺《お》ら蛇《へび》は嫌《きれ》えだから」卯平《うへい》は苦《くる》し相《さう》にいつた。
「蛇《へび》嫌《きれ》えだと、さうだ大《えけ》え姿《なり》してあばさけたこといふなえ、俺《お》らなんざ蛇《へび》でも毛蟲《けむし》でも可怖《おつかね》えなんちやねえだから、かうえゝか、斯《か》うだぞ」といひながら爺《ぢい》さんは後向《うしろむき》に立《た》つて、十|分《ぶん》に酩酊《よつぱら》つた足《あし》を大股《おほまた》に踏《ふ》んで、肌《はだ》を脱《ぬ》いだ兩方《りやうはう》の手《て》をぎつと握《にぎ》つて、手拭《てぬぐひ》で背中《せなか》を擦《こす》るやうな形《かたち》をして見《み》せた。
「俺《お》らようまづぢや八九|年《ねん》も惱《なや》んだんだが、蛇《へび》でこすればえゝつちから、此《こ》ら甘《うめ》えこと聞《きい》たと思《おも》つてな、大《えけ》え青大將《あをだいしやう》ぶらんと※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》の木《き》からぶらさがつたから竹竿《たけざを》で掻《か》き落《おと》すべと思《おも》つたら、俺《お》ら家《ぢ》の婆奴等《ばゝめら》構《かま》あななんて云《ゆ》つけが、えゝから汝等《わツら》默《だま》つて見《み》てろ、なんてそれから俺《おれ》ぐうつと頭《あたま》ふん掴《づか》めえて、斯《か》う俺《お》れ背中《せなか》こすつたな、大《えけ》え青大將《あをだいしやう》だから畜生《ちきしやう》縮《ちゞま》つて屈曲《えんぢぐんぢ》した時《とき》や引《ひ》つ掛《かゝ》つて仲々《なかなか》動《いご》かねえだ、それからうゝんと引《ひ》き伸《のば》しちやこすつたな、さうしたら斯《か》う塊《かたまり》ごりつ/\とこけんの知《し》れたつけな、さうしたらなあにけろりよ」
 彼《かれ》は一|同《どう》へ向《む》けた背中《せなか》へ手《て》を廻《まは》して
「此處《こゝ》らんとこに塊《かたまり》有《あつ》たのがだが、それつきり何處《どこ》さか行《い》つちやつたな、それから俺《お》れはあ、ようまづなんざ譯《わき》あねえつちつてんだ」彼《かれ》の手先《てさき》が脊椎《せきずゐ》に近《ちか》く觸《ふ》れた。
「おゝえやまあ、大《えけ》え灸《きう》の痕《あと》ぢやねえけえ」と一人《ひとり》の婆《ばあ》さんが驚《おどろ》いていつた。
「俺《お》らがな此《こ》んで三百|挺《ちやう》一|遍《ぺん》に火《ひい》點《つ》けたんだから、俺《お》らがむしやらなこと大好《だえすき》のがんだから、いや本當《ほんたう》だよ、俺《お》ら恁《こ》んで腹疫病《はらやくびやう》くつゝいた時《とき》だつて到頭《たうとう》寢《ね》ねえつちやつたかんな、今《いま》ぢや教《をさ》つてつから餓鬼奴等《がきめら》まで赤《せき》れえ病《びやう》だなんて知《し》つてんが、俺《お》ら壯《さかり》の頃《ころ》あ何《なん》でも疫病《やくびやう》と覺《おべ》えてたのがんだから、なあ卯平《うへい》、此《こ》ツ等《ら》もそん時《とき》やつたから知《し》つてらな、俺《お》ら一日《いちんち》に十六|度《ど》手水場《てうづば》へ行《い》つたの一|等《とう》だつけが、なあに
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