。卯平《うへい》は口《くち》を緘《つぐ》んで居《ゐ》る。
「汝《わ》りや、さうだこと云《い》ふんぢやねえ、先刻《さつき》あゝだに何《なにつ》か貰《もら》つて要《い》るもんか、まつと欲《ほ》しいなんちへば俺《お》れ腹《はら》掻裂《かつツ》えて小豆飯《あづきめし》掻出《かんだ》してやつから、汝《わ》りや口《くち》ばかし動《いご》かしてつから見《み》ろうそれ、鴉《からす》に灸《きう》据《す》ゑらツてら」と先刻《さつき》の首《くび》へ數珠《ずゝ》を卷《ま》いた爺《ぢい》さんががみ/\といつた。與吉《よきち》は羞《はにか》んだやうにして五|厘《りん》の銅貨《どうくわ》で脣《くちびる》をこすりながら立《た》つて居《ゐ》た。彼《かれ》の口《くち》の兩端《りやうはし》には鴉《からす》の灸《きう》といはれて居《ゐ》る瘡《かさ》が出來《でき》て泥《どろ》でもくつゝけたやうになつて居《ゐ》た。
「汝《わ》りや錢《ぜね》欲《ほ》しけりやおとつゝあに貰《もら》へ」爺《ぢい》さんは又《また》呶鳴《どな》つた。
「そんだつて駄目《だめ》だあ、おとつゝあ等《ら》呉《く》れやしめえし」與吉《よきち》は漸《やつ》といつた。
「おとつゝあ聾《つんぼ》だから聞《きけ》えねんだ、おとつゝあ呉《く》ろうつと俺《お》れ見《み》てえに呶鳴《どな》つて見《み》ろ、そんでなけれ耳《みゝ》引張《ひツぱつ》てやれ」
「そんだつて厭《や》だあ俺《お》ら、おとつゝあに打《ぶ》つ飛《と》ばされつから」
「えゝから行《え》けはあ、汝等《わつら》見《み》てえな餓鬼奴等《がきめら》ごや/\來《き》ちや五月蠅《うるさ》くつて仕《し》やうねえから」與吉《よきち》は悄々《しを/\》と立《た》つた。
「さうら」と卯平《うへい》は後《あと》から五|厘《りん》の銅貨《どうくわ》を庭《には》へ投《な》げてやつた。
さうして居《ゐ》る間《ま》に二|度目《どめ》の酒《さけ》に與《あづか》らぬ婆《ばあ》さん等《ら》は表《おもて》の雨戸《あまど》を更《さら》に二三|枚《まい》引《ひい》て餘計《よけい》に薄闇《うすぐら》く成《な》つた佛壇《ぶつだん》の前《まへ》に凝集《こゞ》つた。何時《いつ》の間《ま》にか念佛衆《ねんぶつしゆう》以外《いぐわい》の村落《むら》の女房《にようばう》も加《くは》はつて十|人《にん》ばかりに成《な》つた。彼等《かれら》は外《そと》からの人目《ひとめ》を雨戸《あまど》に避《さ》けて其《そ》の唯一《ゆゐいつ》の娯樂《ごらく》とされてある寶引《はうびき》をしようといふのであつた。疊《たゝみ》には八|本《ほん》の紺《こん》の寶引絲《はうびきいと》がざらりと投《な》げ出《だ》された。彼等《かれら》はそれを絲《いと》と喚《よ》んで居《ゐ》るけれども、機《はた》を織《お》つて切《き》り放《はな》した最後《さいご》の絲《いと》の端《はし》を繩《なは》のやうに綯《な》つた綱《つな》である。婆《ばあ》さん等《ら》は圓《まる》い座《ざ》を作《つく》つて銘々《めい/\》の前《まへ》へ二|錢《せん》づつの錢《ぜに》を置《お》いた。親《おや》に成《な》つた一人《ひとり》が八|本《ほん》の綱《つな》の本《もと》を掴《つか》んで一|度《ど》ぎつと指《ゆび》へ絡《から》んでばらりと投《な》げ出《だ》すと、悉皆《みんな》が一《ひと》つづゝ掴《つか》んで此《こ》れも其《そ》の端《はし》を指《ゆび》へぎりつと絡《から》んで一|度《ど》に引《ひ》くと七|本《ほん》の綱《つな》が空《むな》しくすつとこける。只《たゞ》一|本《ぽん》の綱《つな》の臀《しり》には彼等《かれら》のいふ「どツぺ」が附《つ》いて居《ゐ》てそれがどさりと疊《たゝみ》を打《う》つて一人《ひとり》の手《て》もとへ引《ひ》かれる。どつぺは一|厘錢《りんせん》を三|寸《ずん》ばかりの厚《あつ》さに穴《あな》を透《とほ》してぎつと括《くゝ》つた錘《おもり》である。一|厘錢《りんせん》は黄銅《くわうどう》の地色《ぢいろ》がぴか/\と光《ひか》るまで摩擦《まさつ》されてあつた。どつぺを引《ひ》いたのが更《さら》に親《おや》になつて一|度《ど》毎《ごと》にどつぺは解《と》いて他《た》の綱《つな》へつける。さうすると婆《ばあ》さん等《ら》は思案《しあん》しつゝ然《しか》も速《すみや》かに綱《つな》の一《ひと》つを抓《つま》んでは放《はな》したり又《また》抓《つま》んだり極《きは》めて忙《いそが》しげに其《そ》の手《て》を動《うご》かす。彼等《かれら》は丁度《ちやうど》※[#「鬥<亀」、第3水準1−94−30]《くじ》を引《ひ》くやうに屹度《きつと》一《ひと》つは當《あた》る筈《はず》のどつぺを悉皆《みんな》が心《こゝろ》あてに掴《つか》んで引《ひ》くのである。一|度《ど》毎《ご
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