つた雜木林《ざふきばやし》の上《うへ》に傾《かたむ》かうとした頃《ころ》であつた。彼《かれ》は只《たゞ》其《その》儘《まゝ》に自分《じぶん》の怪我《けが》と其《その》事實《じじつ》とを掩《おほ》うて置《お》くのが残《のこ》り惜《をし》い心持《こゝろもち》がした。それで彼《かれ》は其《そ》の足《あし》で直《すぐ》に南《みなみ》の家《いへ》へ行《い》つた。脚絆《きやはん》と草鞋《わらぢ》とで身《み》を堅《かた》めた勘次《かんじ》の容子《ようす》を不審《ふしん》に思《おも》つた南《みなみ》の亭主《ていしゆ》へ勘次《かんじ》は突然《とつぜん》訴《うつた》へるやうにいつた。
「俺《お》ら、爺樣《ぢいさま》に鐵火箸《かなひばし》で打《ぶ》つ飛《と》ばさつて、骨接《ほねつぎ》へ行《い》つて來《き》た處《とこ》だが、忙《いそが》し處《ところ》酷《ひで》え目《め》に逢《あ》つちやつた」勘次《かんじ》はそれでも口《くち》が澁《しぶ》つて思《おも》ふ樣《やう》にいへなかつた。南《みなみ》の亭主《ていしゆ》は態々《わざ/\》來《き》て噺《はなし》をされては棄《す》てゝ顧《かへり》みぬことも出來《でき》なかつた。
「どうしたつちんでえまあ、勘次《かんじ》さん」幾《いく》らか態《わざ》とらしく驚《おどろ》いたやうに聞《き》いた。
「昨日《きのふ》の日暮《ひぐれ》に俺《お》れ野《の》らから歸《けえ》つて來《き》たら爺樣《ぢさま》※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》げ餌料《ゑさ》撒《ま》えてやつてつから見《み》たら、米《こめ》交《ま》ぜて置《お》いた食稻《けしね》の方《ほう》掻《か》ん出《だ》して撤《ま》いてんぢやねえけ、夫《それ》から俺《お》らもそれ遣《や》つたんぢや畢《をへ》ねつちつたな、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》げやんなそつちに別《べつ》にして有《あ》んだから撒《ま》いてやんだらそつちのがにして呉《く》ろつちつたのよ、※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》げなんざ勿體《もつてい》ねえな、さうしたらいきなり鐵火箸《かなひばし》で俺《お》れこと打《ぶ》つ飛《と》ばして、汝《わ》りや俺《おれ》げ食《く》はせんのせえ惜《をし》いつ位《くれえ》だから※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》げやつてせえ其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》こと云《ゆ》へやがんだんべなんて、※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《お》ら放心《うつかり》してたもんだから逃《に》げ間《ま》にやあねえで、此《こ》れかうえに怪我《けが》しつちやつたな、今《いま》蒔物《まきもの》の忙《いそが》しい處《ところ》へ打《ぶ》つ込《こ》んで、何處《どこ》までも癒《なほ》んねえやうでもしやうねえから朝《あさ》つ稼《かせ》ぎに骨接《ほねつぎ》へ行《え》つたんだが、遠《とほ》いのにそれに行《え》つて見《み》つと怪我人《けがにん》が來《き》て居《ゐ》てちよつくらぢやねえもんだから、隨分《ずいぶん》急《えそ》えだ積《つもり》だつけがこんなに遲《おそ》くなつちやつて、何《なん》ちつても日《ひ》は短《みじか》くなつたかんな、さう云《ゆ》つても怪我人《けがにん》ちや有《あ》るもんだな、」勘次《かんじ》は漸《やうや》くさうして仔細《しさい》に事《こと》の顛末《てんまつ》を打《う》ち明《あ》けた。
「そんだが怪我《けが》は大變《たいへん》なこたねえのか」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はそれも義理《ぎり》だといふやうに聞《き》いた。
「うむ」と勘次《かんじ》はいひ淀《よど》んだ。南《みなみ》の亭主《ていしゆ》は其《そ》の理由《わけ》を覺《さと》ることは出來《でき》ないのみでなく、其《そ》のいひ澱《よど》んだことを不審《ふしん》に思《おも》ふ心《こゝろ》さへ起《おこ》さぬ程《ほど》放心《うつかり》と聞《き》いて居《ゐ》た。
「そんで爺樣《ぢさま》はどうしたつちんでえ」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はそれから先《さき》を聞《き》いた。
「俺《お》ら朝《あさ》つぱら出掛《でかけ》つちやつてまあだ行逢《えきや》えもしねえから、どうするつちんだか分《わか》んねえが、どうせ甘《うめ》え面付《つらつき》もしちや居《え》らんめえな、此《こ》んで怪我《けが》なんぞさせてえゝ心持《こゝろもち》ぢやあんめえな、さうぢやねえけ」勘次《かんじ》はだん/\勢《いきほ》ひがついていつた。
「そんぢや噺《はなし》はどうゆ姿《なり》にもして置《お》かなくつちやしやうあんめえな、俺《お》れまあ噺《はなし》はして見《み》つから、どつちがどうのかうのつちつたつて仕《し》やうねえし、まさかおめえ手
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