う》けて地《ち》にひつゝくやうにして漸《やつ》と斜《なゝめ》に廣《ひろ》がるのみで、毫《すこし》でも高《たか》く立《た》ち昇《のぼ》ることを許容《ゆる》されて居《を》らぬ。恁《か》うして畑《はたけ》の土《つち》は只《たゞ》冷《つめ》たく凍《こほ》るのを待《ま》つて居《ゐ》るのである。
勘次《かんじ》は漸《やうや》く整骨醫《せいこつい》の門《もん》に達《たつ》した。整骨醫《せいこつい》の家《いへ》はがら竹《たけ》の垣根《かきね》に珊瑚樹《さんごじゆ》の大木《たいぼく》が掩《おほ》ひかぶさつて陰氣《いんき》に見《み》えて居《ゐ》た。戸板《といた》を三|角形《かくけい》に合《あは》せて駕籠《かご》のやうに拵《こしら》へたのが垣根《かきね》の内《うち》に置《お》かれてあつた。誰《たれ》か重《おも》い怪我人《けがにん》が運《はこ》ばれたのだと勘次《かんじ》は直《す》ぐに悟《さと》つてさうして何《なん》だか悚然《ぞつ》とした。彼《かれ》は業々《げふ/\》しい自分《じぶん》の扮裝《いでたち》に恥《は》ぢて躊躇《ちうちよ》しつゝ案内《あんない》を請《こ》うた。ぽつさりとして玄關《げんくわん》に待《ま》つて居《ゐ》るのは悉皆《みんな》怪我人《けがにん》ばかりである。首《くび》から白《しろ》い布片《きれ》を吊《つ》つて此《こ》れも白《しろ》く繃帶《ほうたい》した手《て》を持《も》たせたものもあつた。其處《そこ》に蒼《あを》い顏《かほ》をしてぐつたりと横《よこた》はつて居《ゐ》るものもあつた。勘次《かんじ》は怪我人《けがにん》の後《うしろ》に隱《かく》れるやうにして自分《じぶん》の番《ばん》になるのを待《ま》ちながら周邊《あたり》が何《なん》となく藥臭《くすりくさ》くて恐《おそ》ろしいやうな感《かん》じに囚《とら》はれた。醫者《いしや》は一人《ひとり》の患部《くわんぶ》を軟《やはら》かに柔《も》んでやつて居《ゐ》たが勘次《かんじ》をちらと見《み》た。勘次《かんじ》は何《なん》だか睨《にら》まれたやうに感《かん》じた。醫者《いしや》は爼板《まないた》のやうな板《いた》の上《うへ》に黄褐色《くわうかつしよく》な粉藥《こぐすり》を少《すこ》し出《だ》して、白《しろ》い糊《のり》と煉《ね》り合《あは》せて、罎《びん》の酒《さけ》のやうな液體《えきたい》でそれを緩《ゆる》めてそれから長《なが》い鋏《はさみ》で白紙《はくし》を刻《きざ》んで、眞鍮《しんちう》の箆《へら》で其《その》藥《くすり》を紙《かみ》へ塗抹《ぬ》つて患部《くわんぶ》へ貼《は》つてやつた。怪我人等《けがにんら》は只《たゞ》凝然《ぢつ》として醫者《いしや》の熟練《じゆくれん》した手《て》もとを凝視《ぎようし》した。勘次《かんじ》は他人《ひと》の後《うしろ》から爪立《つまだて》をした。二三|人《にん》小《ちひ》さな療治《れうぢ》が濟《す》んで十二三の男《をとこ》の子《こ》が仕事衣《しごとぎ》の儘《まゝ》な二十四五の百姓《ひやくしやう》に負《お》はれて醫者《いしや》の前《まへ》に据《す》ゑられた。醫者《いしや》は縁側《えんがは》の明《あか》るみへ座蒲團《ざぶとん》を敷《し》いて出《で》た。怪我人《けがにん》は醫者《いしや》の前《まへ》へ出《で》ると恐怖《きようふ》に襲《おそ》はれたやうに俄《にはか》に鳴咽《をえつ》した。醫者《いしや》は横《よこ》に膨《ふく》れた大《おほき》な身體《からだ》でゆつたりと胡坐《あぐら》をかいた儘《まゝ》怪我人《けがにん》の左《ひだり》の手《て》を捲《まく》つて見《み》た。怪我人《けがにん》の上膊《じやうはく》が挫折《ざせつ》してぶらりと垂《た》れて居《ゐ》た。醫者《いしや》は怪我人《けがにん》の患部《くわんぶ》に手《て》を觸《ふ》れて見《み》て
「お前《まへ》そつち持《も》つて」と簡單《かんたん》に顎《あご》で百姓《ひやくしやう》へ指圖《さしづ》した。百姓《ひやくしやう》は怖《お》づ/\怪我人《けがにん》の後《うしろ》へ廻《まは》つて蒼《あを》い顏《かほ》をして抱《だ》いた。
「えゝか、ぎつと抱《だ》いてるんだぞ」醫者《いしや》は足《あし》を怪我人《けがにん》の腹部《ふくぶ》に當《あ》てゝ兩手《りやうて》に挫折《ざせつ》した手《て》を持《も》つて曳《ひ》かうとした。怪我人《けがにん》は恐《おそ》ろしさにわつと聲《こゑ》を放《はな》つて泣《な》いた。醫者《いしや》は手《て》を止《と》めた。
「お前《まへ》兄貴《あにき》だな、そんぢやえゝ、徒勞《むだ》だ」と抱《だ》いた手《て》を放《はな》たしめた。百姓《ひやくしやう》は骨肉《こつにく》の勦《いたは》りが泣《な》き號《さけ》ぶ子《こ》をぎつと力《ちから》を籠《こ》めて曳《ひ》かせない。そんな思《おも》ひきつた手段《しゆだ
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