/\》の頂《いたゞき》を撫《な》でゝ居《ゐ》る。爽《さわや》かな秋《あき》は斯《か》くしてからりと展開《てんかい》した。
然《しか》し勘次《かんじ》の作《つく》つた陸稻《をかぼ》はかういふ畑《はたけ》ではなく、梢《こずゑ》の荒《すさ》んだ雜木林《ざふきばやし》の間《あひだ》のみであつた。彼《か》の開墾地《かいこんち》へは周圍《しうゐ》に隱《かく》れる場所《ばしよ》が有《あ》る所爲《せゐ》か、村落《むら》の何處《どこ》にも俄《にはか》に其《その》聲《こゑ》を聞《き》かなくなつた雀《すゞめ》が群《ぐん》をなして日毎《ひごと》に襲《おそ》うた。彼《かれ》はそれでも根《こん》よく白《しろ》い瓦斯絲《ガスいと》を縱横《じゆうわう》に畑《はたけ》の上《うへ》に引《ひ》つ張《ぱ》つてひら/\と燭奴《つけぎ》を吊《つ》つて威《おど》して見《み》た。それでも狡獪《かうくわい》な雀《すゞめ》の爲《ため》に籾《もみ》のまだ堅《かた》まらないで甘《あま》い液汁《しる》の如《ごと》き状態《じやうたい》をなして居《ゐ》る内《うち》から小《ちひ》さな嘴《くちばし》で噛《か》んで夥《したゝ》かに籾殼《もみがら》が滾《こぼ》された。彼《かれ》は空《から》つ風《かぜ》が障《さは》つたとは思《おも》つて居《ゐ》ても、長《なが》い幹《から》を刈《か》り倒《たふ》した時《とき》はそれでも熱心《ねつしん》で且《かつ》愉快《ゆくわい》であつたが、然《しか》し乾燥《かんさう》して米《こめ》にした時《とき》には彼《かれ》は夏《なつ》の頃《ころ》の豫想《よさう》と非常《ひじやう》な相違《さうゐ》であることを確《たしか》めて落膽《らくたん》せざるを得《え》なかつた。
彼《かれ》の淺猿《さも》しい心《こゝろ》が僅《わづか》な米《こめ》や麥《むぎ》を※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、308−10]《あね》なるものゝおつたに騙《だま》して取《と》られたかと思《おも》ひ出《だ》しては暫《しばら》くの間《あひだ》忌々敷《いま/\し》さに堪《た》へなかつた。彼《かれ》は勢《いきほ》ひ何《なに》かに當《あた》り散《ち》らさうとするのにおつぎと與吉《よきち》とに對《たい》しては餘《あま》りに深《ふか》い親《した》しみを有《も》つて居《ゐ》た。斯《か》うして彼《かれ》の卯平《うへい》に對《たい》する憎惡《ぞうを》の念《ねん》が彼《かれ》の心《こゝろ》へ錐《きり》を穿《うが》つて更《さら》に釘《くぎ》を以《もつ》て確然《しつか》と打《う》ちつけられたのであつた。
二一
勘次《かんじ》が走《はし》つて鬼怒川《きぬがは》の岸《きし》に立《た》つた時《とき》は霧《きり》が一|杯《ぱい》に降《お》りて、水《みづ》は彼《かれ》の足許《あしもと》から二三|間《げん》先《さき》が見《み》えるのみであつた。岸《きし》には船《ふね》が繋《つな》いでなかつた。彼《かれ》は焦慮《あせ》つて例《いつも》するやうに大聲《おほごゑ》出《だ》して對岸《むかう》へ行《い》つた筈《はず》の船《ふね》を喚《よ》んだ。「おうえ」と應《おう》ずる聲《こゑ》が水《みづ》を渉《わた》つて強《つよ》く然《し》かも近《ちか》く聞《きこ》えた。勘次《かんじ》は其《そ》の聲《こゑ》に壓《あつ》せられて默《だま》つた。直《す》ぐに舳《へさき》が薄《うす》く霧《きり》の中《なか》から見《み》えた。勘次《かんじ》は殆《ほと》んど咽《むせ》ぶやうな霧《きり》に包《つゝ》まれて船《ふね》に立《た》つた。處々《ところ/″\》さら/\と微《かす》かに響《ひゞき》を傳《つた》ひて船《ふね》の底《そこ》が支《さゝ》へられようとする。初秋《しよしう》の洪水《こうずゐ》以來《いらい》河《かは》の中央《ちうあう》には大《おほ》きな洲《す》が堆積《たいせき》されたので、船《ふね》は其《そ》の周圍《しうゐ》を偃《は》うて遠《とほ》く彎曲《わんきよく》を描《ゑが》かねば成《な》らぬ。勘次《かんじ》は目《め》を掩《おほ》はれたやうで心細《こゝろぼそ》い霧《きり》の中《なか》に、其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》ことで著《いちじる》しく延長《えんちやう》された水路《すゐろ》を辿《たど》つて居《ゐ》ながら、悠然《ゆつくり》として鈍《にぶ》い棹《さを》の立《た》てやうをするのに心《こゝろ》を焦慮《あせ》らせて
「どうしたんべ、入《へえ》つちや越《こ》せめえか」船頭《せんどう》の方《はう》を向《む》いて彼《かれ》はいつた。
「ぶく/\やりたけりや入《へえ》つた方《はう》がえゝや」船頭《せんどう》はそつけなくいつて徐《おもむ》ろに棹《さを》を立《た》てる。船底《ふなぞこ》が觸
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