《しが》める樣《やう》にして、洗《あら》ひもせぬ殼《から》の兩端《りやうはし》に小《ちひ》さな穴《あな》を穿《うが》つて啜《すゝ》るのであつた。彼《かれ》はおつぎの意中《いちう》を能《よ》く解《かい》して居《ゐ》るので其《そ》の吸殼《すひがら》は決《けつ》して目《め》につく處《ところ》へは棄《す》てないで細《こま》かに押《お》し揉《も》んで外《そと》へ出《で》る序《ついで》に他人《たにん》の垣根《かきね》の中《なか》などへ放棄《ほう》つた。それからも一つ僻《ひが》まうとする彼《かれ》の心《こゝろ》を爽《さわや》かにするのは與吉《よきち》であつた。疾《とう》から甘《あま》え切《き》つて居《ゐ》る與吉《よきち》は卯平《うへい》の戸口《とぐち》に立《た》ち塞《ふさ》がつては錢《ぜに》を請《こ》うた。狹《せま》い戸口《とぐち》は與吉《よきち》の小《ちひ》さな身體《からだ》でさへ卯平《うへい》の藁《わら》をいぢつて居《ゐ》る手《て》もとを薄闇《うすぐら》くした。卯平《うへい》は藁屑《わらくづ》と一つに投出《なげだ》してある胴亂《どうらん》から五|厘《りん》の銅貨《どうくわ》を出《だ》してやるのが例《れい》であるが、與吉《よきち》は自分《じぶん》で錢《ぜに》を出《だ》さうとして胴亂《どうらん》の大《おほ》きな金具《かなぐ》が容易《ようい》に開《あ》かないので怒《おこ》つて投《な》げ出《だ》して見《み》たり、卯平《うへい》へ縋《すが》つたりした。卯平《うへい》は態《わざ》と與吉《よきち》に倒《たふ》されて轉《ころ》がることもあつた。
 勘次《かんじ》は與吉《よきち》が卯平《うへい》から錢《ぜに》を貰《もら》ふことを知《し》つてから只《たゞ》さへ滅多《めつた》にくれたことのない彼《かれ》は決《けつ》して一|度《ど》も與《あた》へることがなかつた。卯平《うへい》はそれを知《し》つてさへ與吉《よきち》に要求《えうきう》されることが却《かへつ》て彼《かれ》の爲《ため》にはどれ程《ほど》の慰藉《ゐしや》であるか知《し》れないのであつた。卯平《うへい》は悲慘《みじめ》な隱居《いんきよ》に移《うつ》るまでには野田《のだ》から持《も》つて來《き》た少《すこ》し許《ばか》りの蓄《たくは》へは幾《いく》らも財布《さいふ》に残《のこ》つては居《ゐ》なかつた。彼《かれ》は俄《にはか》に思《おも》ひ出《だ》した樣《やう》に一|日《にち》熱心《ねつしん》に仕事《しごと》に屈託《くつたく》して見《み》たり、又《また》勘次《かんじ》に對《たい》する自棄《やけ》から酒《さけ》も飮《の》んで見《み》たりした。酒《さけ》といつても知《し》れた分量《ぶんりやう》であるが、それでも藁《わら》一筋《ひとすぢ》づつを刻《きざ》んで行《ゆ》く仕事《しごと》の儲《まうけ》にのみ手頼《たよ》る彼《かれ》の懷《ふところ》を悲《かな》しくした。卯平《うへい》は其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》果敢《はか》ない仕事《しごと》でも、彼《かれ》の身體《からだ》が滯《とゞこほ》りなく又《また》勘次《かんじ》との間《あひだ》が融和《ゆうわ》されて居《ゐ》るならば彼《かれ》は好《す》きなコツプ酒《ざけ》の一|杯《ぱい》を傾《かたむ》ける序《ついで》に、酒《さけ》を壜《びん》に買《かつ》て勘次《かんじ》に與《あた》へることさへ不自由《ふじいう》を感《かん》じもしなければ、惜《を》しむこともないのであつた。勘次《かんじ》も疲勞《ひらう》した日《ひ》の夕方《ゆふがた》には唐鍬《たうぐは》を村落《むら》の店《みせ》の軒下《のきした》へ卸《おろ》して一|杯《ぱい》を傾《かたむ》けて來《く》るのであるが、嘗《かつ》て自分《じぶん》の家《うち》に運《はこ》んだこともなければ臭《くさ》い息《いき》を吐《は》く間《あひだ》は卯平《うへい》へ顏《かほ》を合《あは》せたこともなかつた。
 卯平《うへい》は腰《こし》の疼痛《いたみ》に惱《なや》まされて、餘計《よけい》にかさ/\と乾《から》びて硬《こは》ばつて居《ゐ》る手《て》を動《うご》かし難《がた》くなると彼《かれ》は一|塊《くわい》の※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《おき》もない火鉢《ひばち》を枕元《まくらもと》に置《お》いて凝然《ぢつ》と蒲團《ふとん》を被《かぶ》つた儘《まゝ》である。彼《かれ》はさうでなくても嘗《かつ》てはき/\と口《くち》を利《き》いたこともなく、殊更《ことさら》勘次《かんじ》に對《たい》しては皺《しな》びた顏《かほ》の筋肉《きんにく》を更《さら》に蹙《しが》めて居《ゐ》るので、恁《か》うして凝然《ぢつ》として居《ゐ》ることをも勘次《かんじ》は僂麻質斯《レウマチス》が惱《なや》まして居《ゐ
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