財布《せえふ》にやまあだ有《あ》るよ、七日《なぬか》ばかり働《はたら》えてそれでも二|兩《りやう》は殘《のこ》つたかんな、そんで又《また》行《い》く筈《はず》で前借《さきがり》少《すこ》しして來《き》たんだ、こつちの方《はう》から行《い》つてる連中《れんぢう》が保證《ほしよう》してくれてな」勘次《かんじ》は誇《ほこ》り顏《がほ》にいつた。
「俺《お》ら今日《けふ》見《み》てえだらえゝが、酷《ひど》く行逢《いきや》ひたくなつてなあ」お品《しな》は俯伏《うつぶ》した額《ひたひ》を枕《まくら》につけた。
「どうせ此處《ここ》らの始末《しまつ》もしねえで行《い》つたんだから、一遍《いつぺん》は途中《とちう》で歸《けえ》つて見《み》なくつちや成《な》らねえのがだから同《おな》じ事《こと》だよ」勘次《かんじ》はお品《しな》を覗《のぞ》き込《こむ》やうにしていつた。
「それでも俵《たはら》にしちや置《お》いたな」勘次《かんじ》は壁際《かべぎは》の麥藁俵《むぎわらだはら》を見《み》ていつた。お品《しな》はまだ俯伏《うつぶ》した儘《まゝ》である。
「あつちに居《ゐ》ちや錢《ぜに》は要《え》らねえな、煙草《たばこ》一|服《ぷく》吸《す》ふべえぢやなし、十五|日目《にちめ》が晦日《みそか》でそれまでは勘定《かんぢやう》なしで其《その》間《あひだ》は米《こめ》でも薪《まき》でもみんな通帳《かよひ》で借《か》りて置《お》く位《くれえ》なんだから、十五|日目《にちめ》に成《な》らなくつちや財布《せえふ》も膨《ふく》れねえが、又《また》百《ひやく》でも出《で》つこはねえかんな」勘次《かんじ》は更《さら》に出先《でさき》のことをお品《しな》へ聞《き》かせた。
「米《こめ》ばかり炊《た》えても毎日《まいにち》一|升《しよう》づゝは要《え》る位《くれえ》だから骨《ほね》も隨分《ずゐぶん》折《を》れんが出《で》せえすりや二|貫《くわん》と三|貫《ぐわん》は殘《のこ》せつから、歸《けえ》るまでにや俺《おれ》もどうにか成《な》ると思《おも》つてんのよ、さうすりや鹽鮭《しほびき》位《ぐれえ》は買《か》あことも出來《でき》らな」
「そんぢやよかつた、土方《どかた》なんちや碌《ろく》な奴等《やつら》は居《え》ねえつていふからどうしたかと思《おも》つてな」お品《しな》は首《くび》を擡《もた》げた。
「そんな奴等《やつら》と交際《つきえゝ》した日《ひ》にや限《かぎり》はねえが、隅《すみ》の方《はう》にちゞまつてりや何《なん》ともゆはねえな」勘次《かんじ》がついて居《ゐ》る間《あひだ》におつぎは枯粗朶《かれそだ》を折《をつ》て火鉢《ひばち》へ火《ひ》を起《おこ》した。勘次《かんじ》は火箸《ひばし》を渡《わた》して鰯《いわし》を三《み》つばかり乘《の》せた。鰯《いわし》の油《あぶら》がぢり/\と垂《た》れて青《あを》い焔《ほのほ》が立《た》つた。鰯《いわし》の臭《にほひ》が薄《うす》い煙《けむり》と共《とも》に室内《しつない》に滿《み》ちた。さうして其《その》臭《にほひ》がお品《しな》の食慾《しよくよく》を促《うなが》した。お品《しな》は俯伏《うつぶ》したなりで煙臭《けぶりくさ》くなつた鰯《いわし》を喰《た》べた。
「どうした鹽辛《しよつぱ》かあ有《あ》んめえ」
「有繋《まさか》佳味《うめ》えな」
「此《これ》でもこゝらの商人《あきんど》は持《も》つちや來《き》ねえぞ」勘次《かんじ》は一心《いつしん》に見《み》ながらいつた。
 お品《しな》は二匹《にひき》へ手《て》をつけて箸《はし》を置《お》きながら懷《ふところ》で眠《ねむ》つて居《ゐ》る與吉《よきち》を覗《のぞ》いて
「起《お》きて居《ゐ》たら大騷《おほさわ》ぎだんべ」といつた。
「いまつとたべろな」勘次《かんじ》はいつた。
「澤山《たくさん》だよ、おつうげもやつてくろうな」
「俺《おれ》も飯《めし》でも食《く》はうかえ」勘次《かんじ》は風呂敷包《ふろしきづゝみ》から辨當《べんたう》の殘《のこり》を出《だ》して冷《つめ》たい儘《まゝ》ぷす/\と噛《かぢ》つた。
「おうつ、お茶《ちや》は冷《つ》めたくなつたつけかな」お品《しな》はいつた。
「要《えら》ねえぞ仕事《しごと》に出《で》りや毎日《まえんち》かうだ」勘次《かんじ》は梅干《うめぼし》を少《すこ》しづゝ嘗《な》め減《へ》らした。辨當《べんたう》が盡《つ》きてから勘次《かんじ》は鰯《いわし》をおつぎへ挾《はさ》んでやつた。さうして自分《じぶん》でも一|口《くち》たべた。
「此《こ》りや佳味《うめ》えこたあ佳味《うめ》えが餘《あんま》りあまくつて俺《おら》がにや胸《むね》が惡《わる》くなるやうだな」勘次《かんじ》は冷《さ》めた湯《ゆ》を幾杯《いくはい》か傾《かたぶ》けた。勘次《か
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