》を汽船《きせん》で土浦《つちうら》の町《まち》へ出《で》た。夜《よる》は汽船《きせん》で明《あ》けたがどうしたのか途中《とちう》で故障《こしやう》が出來《でき》たので土浦《つちうら》へ着《つ》いたのは豫定《よてい》の時間《じかん》よりは遙《はろか》に後《おく》れて居《ゐ》た。土浦《つちうら》の町《まち》で勘次《かんじ》は鰯《いわし》を一包《ひとつゝ》み買《か》つて手拭《てねぐひ》で括《くゝ》つてぶらさげた。土浦《つちうら》から彼《かれ》は疲《つか》れた足《あし》を後《あと》に捨《す》てゝ自分《じぶん》は力《ちから》の限《かぎ》り歩《ある》いた。それでも村《なら》へはひつた時《とき》は行《ゆ》き違《ちが》ふ人《ひと》がぼんやり分《わか》る位《くらゐ》で自分《じぶん》の戸口《とぐち》に立《た》つた時《とき》は薄暗《うすくら》い手《て》ランプが柱《はしら》に懸《かゝ》つて燻《くす》ぶつて居《ゐ》た。勘次《かんじ》はひつそりとした家《いへ》のなかに直《すぐ》に蒲團《ふとん》へくるまつて居《ゐ》るお品《しな》の姿《すがた》を見《み》た。それからお品《しな》の足《あし》を揣《さす》つて居《ゐ》るおつぎに目《め》を移《うつ》した。
勘次《かんじ》は大戸《おほど》をがらりと開《あ》けて閾《しきゐ》を跨《また》いだ時《とき》何《なに》もいはずに只《たゞ》
「どうしてえ」といふのが先《さき》であつた。お品《しな》は勘次《かんじ》の聲《こゑ》を聞《き》いて思《おも》はず枕《まくら》を動《うご》かして
「勘次《かんじ》さんか」といつて更《さら》に
「南《みなみ》のおとつゝあは行《ゆ》き違《ちげえ》にでもならなかつたんべかな」といつた。
「行逢《いきや》つたよ。そんだがお前《めえ》どんな鹽梅《あんべえ》なんでえ」
「俺《お》らそれ程《ほど》でねえと思《おも》つて居《ゐ》たが三四日《さんよつか》横《よこ》に成《な》つた切《きり》でなあ、それでも今日等《けふら》はちつたあえゝやうだから此《この》分《ぶん》ぢや直《すぐ》に吹《ふ》つ返《けえ》すかとも思《おも》つてんのよ」
「そんぢやよかつた、俺《お》ら只《たゞ》ぢや歩《ある》いてもよかつたが、南《みなみ》こと又《また》歩《ある》かせちや濟《す》まねえから同志《どうし》に土浦《つちうら》まで汽船《じようき》で乘《の》つ着《つ》けたんだが、南《みなみ》は草臥《くたび》れたもんだから俺《お》ら先《さき》へ出《で》たんだがな、南《みなみ》もあの分《ぶん》ぢや今夜《こんや》もなか/\容易《ようい》ぢやあんめえよ、それに汽舩《じようき》が又《また》後《おく》れつちやつてな」
勘次《かんじ》はいひながら草鞋《わらじ》をとつた。手拭《てぬぐひ》の端《はし》へ括《くゝ》つて來《き》た鰯《いわし》の包《つゝ》みをかさりとお品《しな》の枕元《まくらもと》へ投《な》げて、首《くび》へつけて居《ゐ》た風呂敷《ふろしき》包をどさりと置《お》いて勘次《かんじ》は庭《には》へ出《で》て足《あし》を洗《あら》つた。勘次《かんじ》はお品《しな》の枕元《まくらもと》へ座《ざ》を占《し》めた。
「そんなに惡《わる》くなくつちやそれでもよかつた、俺《お》らどうしたかと思《おも》つてな」勘次《かんじ》は改《あらた》めて又《また》いつた。
「お品《しな》おまんまは喰《た》べてか」勘次《かんじ》はつけ足《た》した。
「先刻《さつき》おつうに米《こめ》のお粥《けえ》炊《た》いて貰《もら》つてそれでもやつと掻《か》つ込《こ》んだところだよ」
「それぢやどうした、途中《とちゆう》で見付《みつ》けて來《き》たんだから一|疋《ぴき》やつて見《み》ねえか」勘次《かんじ》は手《て》ランプをお品《しな》の枕元《まくらもと》へ持《も》つて來《き》て鰯《いわし》の包《つゝみ》を解《と》いた。鰯《いわし》は手《て》ランプの光《ひかり》できら/\と青《あを》く見《み》えた。
「ほんによなあ」お品《しな》は俯伏《うつぶ》しになつて恁《か》ういつた。
「おつう、其處《そこ》へ火《ひ》でも吹《ふ》つたけて見《み》ねえか」勘次《かんじ》はいつた。
「勘次《かんじ》さんそら大變《たいへん》だつけな、俺《お》らそんなにや要《え》らなかつたな」
「今《いま》だから何時《いつ》までも保《も》つよ、さうしてお前《めえ》も力《ちから》つけろな」
「汽船《じようき》に乘《の》つて來《き》たつて餘《よ》つ程《ぽど》費用《かゝり》も掛《かゝ》つたんべな」
「さうよ、二人《ふたり》で六十|錢《せん》ばかりだが此《これ》は俺《おれ》出《だ》したのよ、南《みなみ》に出《だ》させる譯《わけ》にも行《え》かねえかんな」
「それぢや稼《かせ》えだ錢《ぜね》それだけ立投《たてなげ》にしつちやつたな」
「そんでも
前へ
次へ
全239ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング