相手《あひて》は益《ます/\》惡口《あくこう》を逞《たくま》しくした。群衆《ぐんしふ》は一聲《ひとこゑ》の畢《をは》る毎《ごと》に笑《わら》ひどよめいた。
「篦棒《べらぼう》、さうだ軟《やつ》けえ面《つら》で風《かぜ》吹《ふ》く處《とこ》歩《ある》けるもんぢやねえ」爺《ぢい》さんはむきに成《な》つていつた。
「どうした赤《あけ》え手拭《てねげ》被《かぶ》らせらつたんべえ」
「俺《お》らさうだ手拭《てねげ》なんざあ被《かぶ》つたこたねえよ」
「そんでも疱瘡神《はうそうがみ》は赤《あけ》え手拭《てねげ》好《す》きだつちげな」
「そんだつて俺《お》ら被《かぶ》んねえよ」痘痕《あばた》の爺《ぢい》さんはすつかり悄《しを》れて畢《しま》つた。群集《ぐんしふ》は皆《みな》腹《はら》を抱《かゝ》へた。
「どうれ、俺《お》ら歸《けえ》つて牛蒡《ごぼう》でも拵《こせ》えべえ、明日《あした》天秤棒《てんびんぼう》檐《かつ》いで出《で》る支障《さはり》にならあ」剽輕《へうきん》な相手《あひて》は思《おも》ひ出《だ》したやうにいつた。
「どうせ、おめえ等《ら》やうに紺屋《こんや》の弟子《でし》見《み》てえな手足《てあし》の者《も》な牛蒡《ごばう》でも檐《かつ》いで歩《ある》くのにや丁度《ちやうど》よかんべ」復讎《ふくしう》でも仕得《しえ》たやうな容子《ようす》で爺《ぢい》さんはいつた。
「資本《もとで》の二|兩《りやう》二|分《ぶ》位《ぐれえ》でこんで餓鬼奴等《がきめら》までにや四五|人《にん》も命《いのち》繋《つな》いで行《い》くのにや赤《あけ》え手拭《てねげ》でも被《かぶ》つてる樣《やう》な放心《うつかり》した料簡《れうけん》ぢや居《ゐ》らんねえかんな」彼《かれ》は復《ま》た爺《ぢい》さんの頭《あたま》へ手《て》を掛《か》けていつてついと行《い》つて畢《しま》つた。後《あと》では波《なみ》が巖《いは》に打《う》ちつける樣《やう》に暫《しば》らく騷《さわ》いだ。若《わか》い女《をんな》は皆《みな》十|分《ぶん》笑《わら》つて、又《また》痘痕《あばた》の爺《ぢい》さんを熟々《つく/″\》と見《み》ては思《おも》ひ出《だ》して袂《たもと》で口《くち》を掩《おほ》うた。到頭《たうとう》極《きま》り惡相《わるさう》にして爺《ぢい》さんも去《さ》つて畢《しま》つた。
「此《こ》の箱《はこ》ん中《なか》にや何《なん》だね入《へ》えつてんなあ、人形坊《にんぎやうばう》だつて本當《ほんたう》かね」前《まへ》の方《はう》に居《ゐ》た若《わか》い衆《しゆ》が巫女《くちよせ》の荷物《にもつ》へ手《て》を掛《かけ》ていつた。
「なあに今《いま》ぢや幣束《へいそく》だとよ」と他《た》の者《もの》がいつた。
「此《こ》ら見《み》せらんねえんでさ、此《こ》れ見《み》られつと何程《なんぼ》寄《よ》せて見《み》ても當《あた》んなくなつちやつてね、自分《じぶん》で居《ゐ》ねえ間《ま》に見《み》らつても屹度《きつと》知《し》れんでさ」婆《ばあ》さんは風呂敷《ふろしき》を捲《まく》り掛《かけ》た若《わか》い衆《しゆ》の手《て》をそつと拂《はら》つていつた。さうすると
「見《み》せらんねえよ、其《そ》れが種《たね》だから」呶鳴《どな》つたものがあつた。
 さういふ騷《さわ》ぎをして居《ゐ》る間《ま》に幾度《いくど》かもぢ/\と身體《からだ》を動《うご》かして居《ゐ》た勘次《かんじ》は思《おも》ひ切《き》つて婆《ばあ》さんの前《まへ》へ進《すゝ》んだ。
「わしげ一つ寄《よ》せて見《み》ておくんなせえ、死口《しにぐち》でがさ」
「そんぢや笹《さゝ》つ葉《ぱ》折《を》つちよつて來《き》ておくんなせえ」巫女《くちよせ》の婆《ばあ》さんはいつた。
「此方《こつち》で折《を》つちよつて遣《や》んべ」と勘次《かんじ》が立《た》ち掛《かけ》た時《とき》後《うしろ》の方《はう》で呶鳴《どな》つた。暫《しばら》くして小《ちひ》さな竹《たけ》の葉《は》が手《て》から手《て》へ傳《つた》へられて茶碗《ちやわん》の水《みづ》の中《なか》に置《お》かれた。一|同《どう》は再《ふたゝ》び靜《しづ》まつた。勘次《かんじ》は竹《たけ》の葉《は》を以《もつ》て茶碗《ちやわん》の水《みづ》を三|度《ど》掻《か》き廻《まは》してそつと手《て》を放《はな》した。ランプの光《ひかり》に竹《たけ》の葉《は》は水《みづ》から出《で》た部分《ぶぶん》は青《あを》く、水《みづ》に沒《ぼつ》した部分《ぶぶん》は水銀《すゐぎん》のやうに白《しろ》く光《ひか》つた。巫女《くちよせ》の婆《ばあ》さんは先刻《さつき》と同《おな》じく箱《はこ》へ肱《ひぢ》を突《つ》いて
「能《よ》く喚《よ》び出《だ》してくれたぞよう……」と極《きま》つたやうな句《く》
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