《なか》で何《なに》か念《ねん》じて居《ゐ》たが風呂敷包《ふろしきづゝみ》の儘《まゝ》箱《はこ》へ兩肘《りやうひぢ》を突《つ》いて段々《だん/\》に諸國《しよこく》の神々《かみ/″\》の名《な》を喚《よ》んで、一|座《ざ》に聚《あつ》めるといふ意味《いみ》を熟練《じゆくれん》したいひ方《かた》で調子《てうし》をとつていつた。がや/\と騷《さわ》いで居《ゐ》た家《いへ》の内外《ないぐわい》は共《とも》にひつそりと成《な》つた。
「行々子《よしきり》土用《どよう》へ入《へ》えつた見《み》てえに、ぴつたりしつちやつたな」と呶鳴《どな》つたものがあつた。漸《やうや》く靜《しづ》まつた群集《ぐんしふ》は少時《しばし》どよめいた。然《しか》し直《すぐ》に復《ま》た靜《しづ》まつた。
「白紙《しらがみ》手頼《たよ》り水《みづ》手頼《たよ》り、紙捻《こより》手頼《たよ》りにい……」と巫女《くちよせ》の婆《ばあ》さんの聲《こゑ》は前齒《まへば》が少《すこ》し缺《か》けて居《ゐ》る爲《ため》に句切《くきり》が稍《やゝ》不明《ふめい》であるがそれでも澁滯《じふたい》することなくずん/\と句《く》を逐《お》うて行《い》つた。斜《なゝめ》に茶碗《ちやわん》の水《みづ》に立《た》つた紙捻《こより》がだん/\に水《みづ》を吸《す》うて點頭《うなづ》いた樣《やう》にくたりと成《な》つた。
「どうせよ一つにや成《な》れぬ身《み》を、別《わか》れたいとは思《おも》へども……」と一|同《どう》の耳《みゝ》に響《ひゞ》いた時《とき》「出《で》た/\」と靜《しづ》まつて居《ゐ》た群集《ぐんしふ》の中《なか》から聲《こゑ》が發《はつ》せられた。巫女《くちよせ》の婆《ばあ》さんは突《つい》て居《ゐ》る肘《ひぢ》を少《すこ》し動《うご》かして乘地《のりぢ》に成《な》つた。
「俺《お》れが我《わ》が身《み》というたとて、自由自儘《じいうじまゝ》に成《な》るならば、今日《けふ》の巫女《あづさ》も要《い》るまいにい……」婆《ばあ》さんは同《おな》じやうな句《く》を反覆《くりかへ》した。
「出《で》た處《ところ》でまつと饒舌《しやべ》らせろえ」と一人《ひとり》が更《さら》に紙捻《こより》を持《も》つて水《みづ》を掻《か》き廻《まは》した。
「かんぜん捻《より》くた/\して云《い》ふこと聽《き》かねえや」いひながら彼《かれ》は手《て》を止《や》めた。
「俺《お》れがよ心《こゝろ》はこうなれど、怒《おこ》るまえぞえ見棄《みす》てまえ、互《たがひ》に顏《かほ》も合《あは》せたら、言辭《ことば》も掛《か》けてくだされよう……」巫女《くちよせ》は時々《とき/″\》調子《てうし》を張《は》り上《あ》げていつた。
「さうださうだ、そんでなくつちやおとつゝあ泣《な》くぞ」群集《ぐんしふ》の後《うしろ》から呶鳴《どな》つた。群集《ぐんしふ》は少時《しばし》復《ま》たどよめいたが一|句《く》でも巫女《くちよせ》のいふことを聞《き》き外《はづ》すまいとして靜《しづ》まつた。巫女《くちよせ》の婆《ばあ》さんの姿勢《しせい》が箱《はこ》を離《はな》れて以前《いぜん》に復《ふく》した時《とき》抑壓《よくあつ》されたやうに成《な》つて居《ゐ》た凡《すべ》てが俄《にはか》にがや/\と騷《さわ》ぎ出《だ》した。彼等《かれら》は絶《た》えず勘次《かんじ》とおつぎとに對《たい》して冷笑《れいせう》を浴《あび》せ拂《か》けてゐるのであつたが、然《しか》しそれを知《し》らぬ二人《ふたり》は只《たゞ》凝然《ぢつ》として居《ゐ》た。凡《すべ》てが騷《さわ》ぐ間《あひだ》に在《あ》つてさうして居《ゐ》る二人《ふたり》の容子《ようす》は態《わざ》とらしく見《み》えるまで際立《きわだ》つて居《ゐ》た。巫女《くちよせ》の唱《とな》へたことだけでは惡戯《いたづら》な若《わか》い衆《しゆ》の意志《こゝろ》も知《し》らない二人《ふたり》には自分等《じぶんら》がいはれて居《ゐ》ることゝは心《こゝろ》づく筈《はず》がなかつたのである。
 群集《ぐんしふ》の後《うしろ》の方《はう》からの俄《にはか》な騷《さわ》ぎが内側《うちがは》に及《およ》んだ。晩餐《ばんさん》を濟《す》まして瞽女《ごぜ》が手《て》を曳《ひ》き連《つ》れて來《き》た處《ところ》なのである。それを若《わか》い衆《しゆ》が揶揄半分《からかひはんぶん》に道《みち》を開《ひら》いてやらうとしては遣《や》るまいとして騷《さわ》いだのであつた。瞽女《ごぜ》は危險相《あぶなさう》にして漸《やうや》く座敷《ざしき》へ上《あが》つた時《とき》
「目《め》も見《め》えねえのにさうだに押廻《おしまは》すなえ」瞽女《ごぜ》の後《あと》に跟《つ》いて座敷《ざしき》の端《はし》まで割込《わりこ》んで來《き
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