な》が表《おもて》の大戸《おほど》を開《あ》けさせた時《とき》は日《ひ》がきら/\と東隣《ひがしどなり》の森《もり》越《ご》しに庭《には》へ射《さ》し掛《か》けてきつかりと日蔭《ひかげ》を限《かぎ》つて解《と》け殘《のこ》つた霜《しも》が白《しろ》く見《み》えて居《ゐ》た。庭先《にはさき》の栗《くり》の木《き》の枯葉《かれは》からも、枝《えだ》へ掛《か》けた大根《だいこ》の葉《は》からも霜《しも》が解《と》けて雫《しづく》がまだぽたり/\と垂《た》れて居《ゐ》る。庭《には》へ敷《し》いてある庭葢《にはぶた》の藁《わら》も只《たゞ》ぐつしりと濕《しめ》つて居《ゐ》る。冬《ふゆ》になると霜柱《しもばしら》が立《た》つので庭《には》へはみんな藁屑《わらくづ》だの蕎麥幹《そばがら》だのが一|杯《ぱい》に敷《し》かれる。それが庭葢《にはぶた》である。霜柱《しもばしら》が庭《には》から先《さき》の桑畑《くはばたけ》にぐらり/\と倒《たふ》れつゝある。
お品《しな》は蒲團《ふとん》の中《なか》でも滅切《めつきり》暖《あたゝ》かく成《な》つたことを感《かん》じた。時々《とき/″\》枕《まくら》を擡《もた》げて戸口《とぐち》から外《そと》を見《み》る。さうしては麥藁俵《むぎわらだはら》の側《そば》に置《お》いた蒟蒻《こんにやく》の手桶《てをけ》をどうかすると無意識《むいしき》に見《み》つめる。横《よこ》に成《な》つて居《ゐ》る目《め》からは東隣《ひがしどなり》の森《もり》の梢《こずゑ》が妙《めう》に變《かは》つて見《み》えるので凝然《ぢつ》と見《み》つめては目《め》が疲《つか》れるやうに成《な》るので又《また》蒟蒻《こんにやく》の手桶《てをけ》へ目《め》を移《うつ》したりした。お品《しな》はどうかして少《すこ》しでも蒟蒻《こんにやく》を減《へ》らして置《お》きたいと思《おも》つた。お品《しな》は其《その》内《うち》に起《お》きられるだらうと考《かんが》へつゝ時々《とき/″\》うと/\と成《な》る。
「切干《きりぼし》でも切《き》つたもんだかな」おつぎが庭《には》から大《おほ》きな聲《こゑ》でいつた時《とき》お品《しな》はふと枕《まくら》を擡《もた》げた。それでおつぎの聲《こゑ》は意味《いみ》も解《わか》らずに微《かす》かに耳《みゝ》に入《い》つた。
暫《しばら》くたつてからお品《しな》は庭《には》でおつぎがざあと水《みづ》を汲《く》んでは又《また》間《あひだ》を隔《へだ》てゝざあと水《みづ》を汲《く》んで居《ゐ》るのを聞《き》いた。おつぎは大根《だいこ》を洗《あら》つた。おつぎは庭葢《にはぶた》の上《うへ》に筵《むしろ》を敷《し》いて暖《あたゝ》かい日光《につくわう》に浴《よく》しながら切干《きりぼし》を切《き》りはじめた。大根《だいこ》を横《よこ》に幾《いく》つかに切《き》つて、更《さら》にそれを竪《たて》に割《わ》つて短册形《たんざくがた》に刻《きざ》む。おつぎは飯臺《はんだい》へ渡《わた》した爼板《まないた》の上《うへ》へとん/\と庖丁《はうちやう》を落《おと》しては其《その》庖丁《はうちやう》で白《しろ》く刻《きざ》まれた大根《だいこ》を飯臺《はんだい》の中《なか》へ扱《こ》き落《おと》す。お品《しな》は切干《きりぼし》を刻《きざ》む音《おと》を聞《き》いた時《とき》先刻《さつき》のは大根《だいこ》を洗《あら》つて居《ゐ》たのだなと思《おも》つた。お品《しな》は二三|日《にち》此《この》來《かた》もう切干《きりぼし》も切《き》らなければならないと自分《じぶん》が口《くち》について云《い》つて居《ゐ》たことを思《おも》ひ出《だ》して、おつぎが能《よ》く機轉《きてん》を利《き》かしたと心《こゝろ》で悦《よろこ》んだ。庖丁《はうちやう》の音《おと》が雨戸《あまど》の外《そと》に近《ちか》く聞《きこ》える。お品《しな》は身體《からだ》を半分《はんぶん》蒲團《ふとん》からずり出《だ》して見《み》たら、手拭《てぬぐひ》で髮《かみ》を包《つゝ》んで少《すこ》し前屈《まへかゞ》みになつて居《ゐ》るおつぎの後姿《うしろすがた》が見《み》えた。
「大根《だいこ》は分《わか》つたのか」お品《しな》は聞《き》いた。
「分《わか》つてるよ」おつぎは庖丁《はうちやう》の手《て》を止《とゞ》めて横《よこ》を向《むい》て返辭《へんじ》した。お品《しな》は又《また》蒲團《ふとん》へくるまつた。さうしてまだ下手《へた》な庖丁《はうちやう》の音《おと》を聞《き》いた。お品《しな》の懷《ふところ》に居《ゐ》た與吉《よきち》は退屈《たいくつ》してせがみ出《だ》した。おつぎは夫《それ》を聞《き》いて
「そうら、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」
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