に月《つき》は竊《ひそか》に隣《となり》の森《もり》の輪郭《りんくわく》をはつきりとさせて其《その》森《もり》の隙間《すきま》が殊《こと》に明《あか》るく光《ひか》つて居《ゐ》た。世間《せけん》がしみ/″\と冷《ひ》えて居《ゐ》た。お品《しな》は薄《うす》い垢《あか》じみた蒲團《ふとん》へくるまると、身體《からだ》が又《また》ぞく/\として膝《ひざ》か[#「か」に「ママ」の注記]しらが氷《こほ》つたやうに成《な》つて居《ゐ》たのを知《し》つた。

         二

 次《つぎ》の朝《あさ》お品《しな》はまだ戸《と》の隙間《すきま》から薄《うす》ら明《あか》りの射《さ》したばかりに眼《め》が覺《さ》めた。枕《まくら》を擡《もた》げて見《み》たが頭《あたま》の心《しん》がしく/\と痛《いた》むやうでいつになく重《おも》かつた。狹《せば》い家《いへ》の内《うち》に羽叩《はばた》く鷄《にはとり》の聲《こゑ》がけたゝましく耳《みゝ》の底《そこ》へ響《ひゞ》いた。おつぎはまだすや/\として眠《ねむ》つて居《ゐ》る。戸《と》の隙間《すきま》が瞼《まぶた》を開《ひら》いたやうに明《あか》るくなつた時《とき》鷄《にはとり》が復《ま》た甲走《かんばし》つて鳴《な》いた。お品《しな》はおつぎを今朝《けさ》は緩《ゆつ》くりさせてやらうと思《おも》つて居《ゐ》た。それでもおつぎは鷄《にはとり》が又《また》鳴《な》いた時《とき》むつくり起《お》きた。いつもと違《ちが》つて餘《あま》りひつそりして居《ゐ》るので驚《おどろ》いたやうにあたりを見《み》た。さうしてお袋《ふくろ》がまだ自分《じぶん》の傍《そば》に蒲團《ふとん》へくるまつてるのを見《み》た。
「おつう、せかねえでもえゝぞ、俺《お》ら今朝《けさ》少《すこ》し工合《ぐえゝ》が惡《わり》いから緩《ゆつ》くりすつかんなよ」お品《しな》はいつた。おつぎは暫《しばら》くもぢ/\しながら帶《おび》を締《しめ》て大戸《おほど》を一|枚《まい》がら/\と開《あ》けて目《め》をこすりながら庭《には》へ出《で》た。井戸端《ゐどばた》の桶《をけ》には芋《いも》が少《すこ》しばかり水《みづ》に浸《ひた》してあつて、其《その》水《みづ》には氷《こほり》がガラス板《いた》位《ぐらゐ》に閉《と》ぢて居《ゐ》る。おつぎは鍋《なべ》をいつも磨《みが》いて居《ゐ》る砥石《といし》の破片《かけ》で氷《こほり》を叩《たゝ》いて見《み》た。おつぎは大戸《おほど》を開《あ》け放《はな》して置《お》いたので朝《あさ》の寒《さむ》さが侵入《しんにふ》したのに氣《き》がついて
「おつかあ、寒《さむ》かなかつたか、俺《お》ら知《し》らねえで居《ゐ》た」いひながら大戸《おほど》をがら/\と閉《し》めた。闇《くら》くなつた家《いへ》の内《うち》には竈《かまど》の火《ひ》のみが勢《いきほ》ひよく赤《あか》く立つた。おつぎは
「おゝ冷《つめ》てえ」といひながら竈《かまど》の口《くち》から捲《まく》れて出《で》る※[#「陷のつくり+炎」、第3水準1−87−64]《ほのほ》へ手《て》を翳《かざ》して
「今朝《けさ》は芋《いも》の水《みづ》氷《こほ》つたんだよ」とお袋《ふくろ》の方《はう》を向《む》いていつた。
「うむ、霜《しも》も降《ふ》つたやうだな」お品《しな》は力《ちから》なくいつた。戸口《とぐち》を後《うしろ》にしてお品《しな》は竈《かまど》の火《ひ》のべろ/\と燃《も》え上《あが》るのを見《み》た。
「何處《どこ》でも眞白《まつしろ》だよ」おつぎは竹《たけ》の火箸《ひばし》で落葉《おちば》を掻《か》き立《た》てながらいつた。
「夜明《よあけ》にひどく冷々《ひや/\》したつけかんな」お品《しな》はいつて一寸《ちよつと》首《くび》を擡《もた》げながら
「俺《お》ら今朝《けさ》はたべたかねえかんな、汝《われ》構《かま》あねえで出來《でき》たらたべた方《はう》がえゝぞ」お品《しな》はいつた。又《また》氷《こほ》つた飯《めし》で雜炊《ざふすゐ》が煮《に》られた。
「おつかあ、ちつとでもやらねえか」おつぎは茶碗《ちやわん》をお袋《ふくろ》の枕元《まくらもと》へ出《だ》した。雜炊《ざふすゐ》の焦《こ》げついたやうな臭《にほ》ひがぷんと鼻《はな》を衝《つ》いた時《とき》お品《しな》は箸《はし》を執《と》つて見《み》ようかと思《おも》つて俯伏《うつぶ》しになつて見《み》たが、直《すぐ》に壓《いや》になつて畢《しま》つた。お品《しな》が動《うご》いたので懷《ふところ》の與吉《よきち》は泣《な》き出《だ》した。お品《しな》は俯伏《うつぶ》した儘《まゝ》乳房《ちぶさ》を含《ふく》ませた。さうして又《また》芋《いも》の串《くし》を拵《こしら》へて持《も》たせた。
 お品《し
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