じやうとう》で十四五|錢《せん》しかしないだらうね」
「さうでがすか、わしやまた大變《たいへん》出《で》んだとばかし思《おも》つてあんした」
「それも反物《たんもの》に成《な》つてるのを切《き》らしてさうだよ、それからもつと廉《やす》くも出來《でき》るのさ、村《むら》の店《みせ》なんぞぢや錢《ぜに》ばかりとつて虱《しらみ》が潜《もぐ》り相《さう》なのでね」内儀《かみ》さんは微笑《びせう》した。
「さういふ短《みじか》いのは端布片《はしぎれ》で買《か》ふに限《かぎ》るのさ、幾《いく》らにもつかないもんだよ、私《わたし》が近頃《ちかごろ》出《で》る序《ついで》もあるから買《か》つて來《き》て遣《や》つても善《い》いよ」
「さうですか、そんぢやお内儀《かみ》さんどうかさうしておくんなせえ、お内儀《かみ》さんに見《み》て貰《もれ》えせえすりや大丈夫《だえぢようぶ》でがすから、なあに赤《あか》くせえありや什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》んでも構《かま》あねえんでがすがね」
「一|日《にち》お前《まへ》が日傭《ひよう》に來《き》さへすりやそれ丈《だけ》は出《で》て畢《しま》ふから、欲《ほ》しいといふものなら拵《こしら》へて遣《や》るが善《い》いよ、そりや欲《ほ》しい筈《はず》さおつぎも明《あ》ければ十八に成《な》るんだつけね」内儀《かみ》さんは同情《どうじやう》していつた。
「わしに怒《おこ》らつるもんだから蔭《かげ》でぐず/\云《ゆ》つて困《こま》んでさ」勘次《かんじ》は更《さら》に
「そんぢやまあ善《よ》かつた、わし等《ら》そんなこたあちつとも分《わか》んねえから、夫《それ》からはあお内儀《かみ》さんに聞《き》いてんべと思《おも》つてたのせ」といつて何處《どこ》となくそわ/\と悦《よろこ》ばしさを禁《きん》じ得《え》ないものゝ如《ごと》くである。
「女《をんな》の子《こ》は此《こ》れで飾《かざり》だから他人《ひと》にも見《み》られるからね」内儀《かみ》さんは懇《ねんごろ》にいつた。
「わし等《ら》自分《じぶん》ぢや什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》襤褸《ぼろ》だつて構《かま》あねえが此《こ》れで女《あま》つ子《こ》にやねえ、わしもこんでお内儀《かみ》さんに聞《き》く迄《まで》にや心配《しんぺえ》しあんしたよ」勘次《かんじ》は僅《わづか》な帶《おび》のことが大《おほ》きな事件《じけん》の解決《かいけつ》でも與《あた》へられたやうに心《こゝろ》の底《そこ》から勢《いきほ》ひづいて内儀《かみ》さんの前《まへ》に感謝《かんしや》した。
一一
勘次《かんじ》は極《きは》めて狹《せま》い周圍《しうゐ》を有《いう》して居《ゐ》る。然《しか》し彼《かれ》の痩《や》せた小《ちひ》さな體躯《からだ》は、其《そ》の狹《せま》い周圍《しうゐ》と反撥《はんぱつ》して居《ゐ》るやうな關係《くわんけい》が自然《しぜん》に成立《なりた》つて居《ゐ》る。彼《かれ》は決《けつ》して他人《たにん》と爭鬪《さうとう》を惹《ひ》き起《おこ》した例《ためし》もなく、寧《むし》ろ極《きは》めて平穩《へいをん》な態度《たいど》を保《たも》つて居《ゐ》る。唯《たゞ》彼等《かれら》のやうな貧《まづ》しい生活《せいくわつ》の者《もの》は相互《さうご》に猜忌《さいぎ》と嫉妬《しつと》との目《め》を峙《そばだ》てゝ居《ゐ》る。勘次《かんじ》は異常《いじやう》な勞働《らうどう》によつて報酬《はうしう》を得《え》ようとする一|方《ぱう》に一|錢《せん》と雖《いへど》も容易《ようい》に其《そ》の懷《ふところ》を減《げん》じまいとのみ心懸《こゝろが》けて居《ゐ》る。彼等《かれら》のやうな低《ひく》い階級《かいきふ》の間《あひだ》でも相互《さうご》の交誼《かうぎ》を少《すこ》しでも破《やぶ》らないやうにするのには、其處《そこ》には必《かなら》ず其《それ》に對《たい》して金錢《きんせん》の若干《じやくかん》が犧牲《ぎせい》に供《きよう》されねばならぬ。絶對《ぜつたい》に其《その》犧牲《ぎせい》を惜《をし》むものは他《た》の憎惡《ぞうを》を買《か》ふに至《いた》らないまでも、相互《さうご》の間《あひだ》は疎略《そりやく》にならねばならぬ。然《しか》し其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》ことは勘次《かんじ》を苦《くるし》めて其《そ》のさもしい心《こゝろ》の或《ある》物《もの》を挽囘《ばんくわい》させる力《ちから》を有《いう》して居《ゐ》ないのみでなく、殆《ほと》んど何《なん》の響《ひゞき》をも彼《かれ》の心《こゝろ》に
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