うしたね」
「村落《むら》に居《ゐ》あんさ、何處《どこ》つちつたつて行《ゆ》き場所《ばしよ》はねえんですから、なあに獨《ひと》りでせえありや却《けえ》つて懷《ふところ》はえゝんでがすから」
「それはまあ、おつたはさうとしても、それがさ、彦次《ひこじ》はどうしたんだね、私《わたし》もおつたのことは暫《しばら》く前《まへ》に見《み》たつ切《きり》だが」
「お内儀《かみ》さん、夫婦《ふうふ》揃《そろ》つてなくつちや行《や》れるもんぢやありあんせんぞ、親爺《おやぢ》だつてお内儀《かみ》さん自分《じぶん》の女《あま》つ子《こ》女郎《ぢよらう》に賣《う》つて百五十|兩《りやう》とかだつていひあんしたつけがそれ歸《けえ》りに軍鷄喧嘩《しやもげんくわ》へ引《ひ》つ掛《かゝ》つて、七十|兩《りやう》も奪《と》られて來《き》たつちんでがすから噺《はなし》にや成《な》んねえですよ、そつからわしや※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、155−13]等夫婦《あねらふうふ》のこたあ大嫌《だえきれえ》なんでさあ」
「本當《ほんたう》とは思《おも》へないやうなことだね」
「お内儀《かみ》さん本當《ほんたう》ですともね、わしあ嘘《ちく》なんざお[#「お」に「ママ」の注記]内儀《かみ》げいひあんせんから」
「そりや本當《ほんたう》にや相違《さうゐ》ないだらうがね」
「そんだがお内儀《かみ》さん、其《その》女《あま》つ子《こ》も直《すぐ》遁《に》げて來《き》つちめえあんしたね、今《いま》ぢや何《なん》とか云《い》つて厭《や》だら構《かま》あねえ相《さう》でがすね」
「私《わたし》もそんなことは知《し》らないが、新聞《しんぶん》で騷《さわ》ぎはあつたやうだつけね」内儀《かみ》さんは何處《どこ》かさういふ噺《はなし》には氣《き》が乘《のら》ぬやうで
「おつたも見《み》た處《ところ》ぢや體裁《ていさい》がよくてね」
「さうなんでさ、うまいもんだからわしも到頭《たうとう》米《こめ》一|俵《ぺう》損《そん》させられちやつて」勘次《かんじ》はそれをいふ度《たび》に惜《を》し相《さう》な容子《ようす》が見《み》えるのである。
「さういつちやお前《まへ》の※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、156−10]《あね》のこと惡《わる》くばかりいふやうだが、舅《しうと》が鬼怒川《きぬがは》へ落《お》ちて死《し》んだなんて大騷《おほさわ》ぎしたことが有《あ》つたつけねえ」
「さうでさ、餘《よ》つ程《ぽど》に成《な》りあんすがね、ありや鬼怒川《きぬがは》へ蚤《のみ》叩《はた》くつて行《い》つてそれつ切《き》りに成《な》つちやつたのせ」
「彦次《ひこじ》は實子《じつし》なんだね」
「えゝ、暫《しばら》く目《め》が不自由《ふじいう》で別《べつ》に小《ちひ》さく作《つく》つて隱居《いんきよ》してたんですが、蚤《のみ》は居《ゐ》た容子《ようす》なんでがすね、一|度《ど》なんざあ畑《はたけ》の側《そば》で叩《たて》えたら其處《そこ》ら通《とほ》つた人《ひと》みんなぞよ/\偃《は》ひ上《あが》られて酷《ひ》でえ目《め》に逢《あ》つたちんですから、そんで其處《そこ》らで叩《たて》えちや仕《し》やうねえからなんて云《い》はれたんでがせうね、それから何《なん》でも蓙《ござ》持《も》つて鬼怒川《きぬがは》さ行《ゆ》く積《つもり》に成《な》つたんでがすね、鬼怒川《きぬがは》までは有繋《まさが》餘《よ》つ程《ぽど》ありあんさね、足《あし》もとが本當《ほんたう》ぢやねえからずんぶらのめつちやつたもんでさ、本當《ほんたう》に飽氣《あつけ》ねえ噺《はなし》で、それお内儀《かみ》さんわし等《ら》※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、157−5]《あね》は他人《ひと》が死骸《しげえ》見付《めつ》けて大騷《おほさわ》ぎして知《し》らせに來《き》たら、直《すぐ》はあ死人《しにん》の衣物《きもの》から始末《しまつ》して掛《かゝ》つたつちんですから」
「自分《じぶん》で取《と》つて畢《しま》ふ積《つもり》なんだね」
「兄弟等《きやうでえら》げ分《わ》けてなんざあ遣《や》んねえ積《つむり》なんでさね」
「衣物《きもの》だつて幾《いく》らも無《な》いんだらうがね、それにまあどうして川《かは》へなんて其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》遠《とほ》くへ蓙《ござ》ばかり持《も》つてね、行《ゆ》くうちにや居《ゐ》た蚤《のみ》もみんな飛《と》んで了《しま》ふだらうがね、まあさういのも運《めぐ》り合《あは》せだね」
「はあ耄碌《まうろく》してたんでがすから、餘《あん》まり耄碌《まうろく》しちや厭《や》がら
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