《め》をして叱《しか》るやうに抑《おさ》へる。勘次《かんじ》はまだ肌《はだ》の白《しろ》く且《かつ》薄赤味《うすあかみ》を帶《お》びた人形《にんぎやう》の手足《てあし》のやうな甘藷《さつまいも》を飯《めし》へ炊《た》き込《こ》むことがあつた。
「佳味《うめ》えな」とおつぎがいつた時《とき》
「〆粕《しめかす》で作《つく》つからよ」勘次《かんじ》はいつた。
「旦那《だんな》ぢや、〆粕《しめかす》許《ばか》り使《つか》あんだつぺか」おつぎは自分《じぶん》の知《し》らぬ不廉《ふれん》な肥料《ひれう》のことに就《つ》いて聞《き》いた。勘次《かんじ》は氣《き》がついて
「甘藷《さつま》喰《くつ》たなんていふんぢやねえぞ」與吉《よきち》を警《いまし》めた。勘次《かんじ》は彼《かれ》の大豆畑《だいづばたけ》の近《ちか》くに隣《となり》の主人《しゆじん》の甘藷畑《さつまばたけ》とそれから其《そ》の途中《とちう》に南瓜畑《たうなすばたけ》があつたので、他《た》の畑《はたけ》のものよりも自然《しぜん》にそれを盜《と》つた。少《すこ》しづつ盜《と》つた。南瓜《たうなす》は晝間《ひるま》見《み》て置《お》いて夜《よる》になるとそつと蔓《つる》を曳《ひ》いて所在《ありか》を探《さが》すのである。甘藷《さつまいも》は土《つち》を掻《か》つ掃《ぱ》いて探《さが》し掘《ぼ》りにするのは心《こゝろ》が忙《せは》し過《す》ぎるのでぐつと引《ひ》き拔《ぬ》く。彼《かれ》は日中《につちう》甘藷畑《さつまいもばたけ》の側《そば》を過《す》ぎては自分《じぶん》の荒《あら》した趾《あと》を見《み》て心《こゝろ》に酷《ひど》いとは思《おも》ふのであるがそれを埋《うめ》て置《お》くには心《こゝろ》が咎《とが》めた。恁《か》ういふ伴侶《なかま》は千菜荒《せんざいあら》しといふ名稱《めいしよう》の下《もと》に喚《よ》ばれた。
與吉《よきち》は獨《ひとり》で村《むら》を遊《あそ》んで歩《ある》いた。秋《あき》が深《ふ》けて甘藷《さつまいも》が蒸《む》されるやうに成《な》つた。與吉《よきち》は能《よ》くさういふ處《ところ》へ行《い》つては欲《ほ》し相《さう》な顏《かほ》をして默《だま》つて見《み》て居《ゐ》るので何處《どこ》でも熱《あつ》い甘藷《さつまいも》が與《あた》へられるのであつた。或《ある》時《とき》彼《かれ》は
「俺《お》らあ家《うち》で甘藷《さつま》くつたなんてゆはねえんだ」甘藷《さつまいも》を手《て》に持《も》つて怖《お》づ/\いつた。彼《かれ》は只《たゞ》嬉《うれ》しかつたのである。
「何故《なぜ》ゆはねえんだ」與《あた》へた人《ひと》は聞《き》いた。
「何故《なぜ》でもだ」
「そんぢやえゝ、其《その》甘藷《さつま》取《と》つ返《けえ》しつちまあから」と驚《おどろ》かされて
「そんでも俺家《おらぢ》のおとつゝあ甘藷《さつま》喰《く》つたなんてゆふんぢやねえぞつて云《ゆ》つたんだ」與吉《よきち》は媚《こ》びるやうな容子《ようす》でいつた。
「よきら家《へ》の甘藷《さつま》うめえか」
「旦那《だんな》のがはうめえつて云《ゆ》つたんだ」
「おとつゝあ云《ゆつ》たのか※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、131−15]《ねえ》云《ゆつ》たのか」
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、132−1]《ねえ》ぢやねえ、おとつゝあだ」
「おとつゝあは家《うち》で甘藷《さつま》くつて旦那《だんな》のがうめえつちつたのか」
「さうなんだわ」無心《むしん》な與吉《よきち》は誘《さそ》ひ出《だ》されるまゝにいつて畢《しま》つた。然《しか》し相互《さうご》に畑《はたけ》を荒《あら》しては、痩《や》せた骨身《ほねみ》を噛《かじ》り合《あ》うて居《ゐ》るやうな彼等《かれら》の間《あひだ》にこんなことが無《な》ければ殊更《ことさら》に勘次《かんじ》ばかりが注目《ちうもく》されるのではなかつたのである。
一〇
秋《あき》も朝《あさ》は冷《ひやゝ》かに成《な》つた。稻《いね》の穗《ほ》は北《きた》が吹《ふ》けば南《みなみ》へ向《む》いたり、南《みなみ》が吹《ふ》けば北《きた》へ向《む》いたりして其《そ》の重相《おもさう》な首《くび》を止《や》まず動《うご》かしてはさら/\と寂《さび》しく笑《わら》ひはじめた。強《つよ》い秋《あき》の雨《あめ》が一|夜《や》ざあ/\と降《ふ》つた。次《つぎ》の日《ひ》には空《そら》は些《いさゝか》の微粒物《びりふぶつ》も止《とゞ》めないといつたやうに凄《すご》い程《ほど》晴《は》れて、山《やま》も滅切《めつき》り近《ちか》く成《な》つて居《ゐ》た。しつとりと落付《おちつ》いた空氣《くう
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