此《こ》れからお針《はり》にいけつかんな、そら此《こ》れ持《も》つて行《え》ぐんだ、おつかゞ持《も》つてた古《ふる》いのなんざあ外聞《げえぶん》惡《わる》くつて厭《や》だなんていふから、此《こ》んでもおとつゝあ等《ら》酷《ひで》え錢《ぜね》で買《か》つて來《き》たんだぞ、それから善《え》えだの惡《わり》いだのつて膨《ふく》れたり何《なに》つかすんぢやねえぞ、なあ」勘次《かんじ》は又《また》
「よき汝《われ》はおとつゝあが側《そば》に居《ゐ》る[#「る」に「ママ」の注記]んだぞ、えゝか、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、109−8]《ねえ》は此《これ》から汝《われ》が衣物《きもの》拵《こせ》えんでお針《はり》に行《え》くんだかんな、聽《き》かねえと酷《ひで》えぞ」と與吉《よきち》を抱《だ》いて能《よ》くいひ含《ふく》めた。
 おつぎはそれから村内《そんない》へ近所《きんじよ》の娘《むすめ》と共《とも》に通《かよ》つた。おつぎは與吉《よきち》の小《ちひ》さな單衣《ひとへもの》を仕上《しあ》げた時《とき》其《そ》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》を抱《かゝ》へていそ/\と歸《かへ》つて來《き》た。おつぎは針《はり》持《も》つやうに成《な》つてからはき/\として俄《にはか》にませて來《き》たやうに見《み》えた。おつぎはもう十六である。辛苦《しんく》の間《あひだ》に在《あ》る丈《だけ》に去年《きよねん》からでは何《ど》れ程《ほど》大人《おとな》びて勘次《かんじ》の助《たすけ》に成《な》るか知《し》れない。殊《こと》に秋《あき》の頃《ころ》に成《な》つてからは滅切《めつきり》機轉《きてん》も利《き》くやうになつて、死《し》んだお品《しな》に似《に》て來《き》たと他人《ひと》にはいはれるのであるが、毎日《まいにち》一《ひと》つに居《ゐ》る自分《じぶん》にもさういへば身體《からだ》の恰好《かつかう》までどうやらさう見《み》えて來《き》たと勘次《かんじ》も心《こゝろ》で思《おも》つた。おつぎは今《いま》が遊《あそ》びたい盛《さか》りに這入《はひ》つたのであるが、勘次《かんじ》からは一日《いちにち》でも唯《たゞ》一人《ひとり》で放《はな》されたことがない。村《むら》の休日《ものび》には近所《きんじよ》の女房《にようばう》に連《つ》れられて出《で》て見《み》ることもあるが、屹度《きつと》與吉《よきち》がくつゝいて居《ゐ》るのと、自分《じぶん》は炊事《すゐじ》の間《ま》を缺《か》かすことが出來《でき》ないのとで晝餐《ひる》でも晩餐《ばん》でも他人《ひと》より早《はや》く歸《かへ》つて來《こ》なければならない。
「俺《お》らいつそもの日《び》なんざ無《ね》え方《はう》がえゝ、さうでせえなけりや出《で》てえた思《おも》はねえから」おつぎは熟《つく/″\》呟《つぶや》くことがあつた。
「どうにか俺《お》らだつて成《な》つから」おつぎの呟《つぶや》くのを聞《き》いて勘次《かんじ》は有繋《さすが》に心《こゝろ》が切《せつ》なくなる。それで云《い》ひやうが無《な》くては恁《か》うぶすりと云《い》つて畢《しま》ふのであつた。
 與吉《よきち》は四《よつ》つに成《な》つた。惡戯《いたづら》も知《し》つて來《き》てそれ丈《だけ》おつぎの手《て》は省《はぶ》かれた。それでも與吉《よきち》の衣物《きもの》はおつぎの手《て》には始末《しまつ》が出來《でき》ないので、近所《きんじよ》の女房《にようばう》へ頼《たの》んではどうにかして貰《もら》つた。お品《しな》が生《い》きて居《ゐ》ればそんな心配《しんぱい》はまだ十六のおつぎがするのではない。おつぎは更《さら》に自分《じぶん》の衣物《きもの》に困《こま》つた。短《みじか》くなるばかりではなく綻《ほころ》びにさへおつぎは當惑《たうわく》するのである。
「お針《はり》出來《でき》なくつちや仕樣《しやう》ねえなあ」おつぎは何時《いつ》でも嘆息《たんそく》するのであつた。
「お針《はり》にでも何《なん》でも遣《や》れる時《とき》にや遣《や》つから、奉公《ほうこう》にでも行《い》つて見《み》ろ、幾《いく》つに成《な》つたつて碌《ろく》なこと出來《でき》るもんか、十六|位《ぐれえ》ぢや貧乏人《びんばふにん》はまあだ行《い》けねえたつて仕《し》やうがあるもんか、さう汝《われ》見《み》てえに痩虱《やせじらみ》たかつたやうにしつきりなし云《い》ふもんぢやねえ」
「おとつゝあはそんだつて奉公《ほうこう》にでも行《い》つてるものげは家《うち》で拵《こせ》えてやんだんべな」
「そんだつてなんだつて遣《や》れつ時《とき》でなくつちや遣《や》れねえから」
 十六ではまだ針《はり》を持《も》たなくつてもいゝといふのはそれは無理《
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