つ》いた。勘次《かんじ》も其《そ》の一人《ひとり》である。
 勘次《かんじ》は春《はる》の間《あひだ》にお品《しな》の四十九|日《にち》も過《すご》した。白木《しらき》の位牌《ゐはい》に心《こゝろ》ばかりの手向《たむけ》をしただけで一|錢《せん》でも彼《かれ》は冗費《じようひ》を怖《おそ》れた。彼《かれ》が再《ふたゝ》び利根川《とねがは》の工事《こうじ》へ行《い》つた時《とき》は冬《ふゆ》は漸《やうや》く險惡《けんあく》な空《そら》を彼等《かれら》の頭上《づじやう》に表《あら》はした。霙《みぞれ》や雪《ゆき》や雨《あめ》が時《とき》として彼等《かれら》の勞働《らうどう》に怖《おそ》るべき障害《しやうがい》を與《あた》へて彼等《かれら》を一|日《にち》其《その》寒《さむ》い部屋《へや》に閉《と》ぢ込《こ》めた。一|日《にち》の工賃《こうちん》は非常《ひじやう》な節約《せつやく》をしても次《つぎ》の日《ひ》に仕事《しごと》に出《で》なければ一|錢《せん》も自分《じぶん》の手《て》には残《のこ》らなくなる。それは食料《しよくれう》と薪《まき》との不廉《ふれん》な供給《きようきふ》を仰《あふ》がねばならぬからである。勘次《かんじ》はお品《しな》の發病《はつびやう》から葬式《さうしき》までには彼《かれ》にしては過大《くわだい》な費用《ひよう》を要《えう》した。それでも葬具《さうぐ》や其《そ》の他《た》の雜費《ざつぴ》には二|錢《せん》づつでも村《むら》の凡《すべ》てが持《も》つて來《き》た香奠《かうでん》と、お品《しな》の蒲團《ふとん》の下《した》に入《いれ》てあつた蓄《たくはへ》とでどうにかすることが出來《でき》た。それでも醫者《いしや》への謝儀《しやぎ》や其《そ》の他《た》で彼自身《かれじしん》の懷中《ふところ》はげつそりと減《へ》つて畢《しま》つた。さうして小作米《こさくまい》を賣《う》つた苦《くる》しい懷《ふところ》からそれでも彼《かれ》は自分《じぶん》の居《ゐ》ない間《あひだ》の手當《てあて》に五十|錢《せん》を託《たく》して行《い》つた。それも卯平《うへい》へ直接《ちよくせつ》ではなくて南《みなみ》へ頼《たの》んで卯平《うへい》へ渡《わた》して貰《もら》つた。勘次《かんじ》が行《い》つてから其《そ》の錢《ぜに》を出《だ》された時《とき》卯平《うへい》は
「さう疑《うた》ぐるならわしは預《あづ》かりますめえ」といつて拒絶《きよぜつ》した。
「まあ其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》ことゆはねえで折角《せつかく》のことに、勘次《かんじ》さんも惡《わる》い料簡《れうけん》でしたんでもなかんべえから」と宥《なだ》めても到頭《たうとう》卯平《うへい》は聽《き》かなかつた。
 勘次《かんじ》はどうにか稼《かせ》ぎ出《だ》して歸《かへ》りたいと思《おも》つて一|生懸命《しやうけんめい》になつたがそれは僅《わづか》に生命《せいめい》を繋《つな》ぎ得《え》たに過《すぎ》ないのであつた。近所《きんじよ》の村落《むら》から行《い》つたものは凌《しの》ぎ切《き》れないで夜遁《よにげ》して畢《しま》つたものもあつた。それでも勘次《かんじ》は僅《わづか》に持《も》つて出《で》た財布《さいふ》の錢《ぜに》を減《へ》らさなかつたといふ丈《だけ》のことに繋《つな》ぎ止《と》めた。
「おとつゝあ居《ゐ》て呉《く》れたなあ」と媚《こ》びるやうにいつて自分《じぶん》の家《うち》の閾《しきゐ》を跨《また》いだ時《とき》は足《あし》に知覺《ちかく》のない程《ほど》に彼《かれ》は草臥《くたび》れて夜《よる》は闇《くら》くなつて居《ゐ》た。有繋《さすが》に二人《ふたり》の子《こ》は悦《よろこ》んで與吉《よきち》は勘次《かんじ》の手《て》に縋《すが》つた。卯平《うへい》がしたやうに鐵砲玉《てつぽうだま》が勘次《かんじ》の手《て》から出《で》ることゝ思《おも》つたらしかつた。勘次《かんじ》は苦《くる》しい懷《ふところ》から何《なに》も買《か》つては來《こ》なかつた。彼《かれ》は什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》にしても無邪氣《むじやき》な子《こ》の爲《ため》に小《ちひ》さな菓子《くわし》の一袋《ひとふくろ》も持《も》つて來《こ》なかつたことを心《こゝろ》に悔《く》いた。
「まんま」というて小《ちひ》さな與吉《よきち》は勘次《かんじ》に求《もと》めた。
「そんぢや爺《ぢい》が砂糖《さたう》でも嘗《な》めろ」とおつぎは與吉《よきち》を抱《だい》て※[#「竹かんむり/(目+目)/隻」、第4水準2−83−82]棚《わくだな》の袋《ふくろ》をとつた。寡言《むくち》な卯平《うへい
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