木《き》のやうな大《おほ》きな常緑木《ときはぎ》の古葉《ふるは》をも一|時《じ》にからりと落《おと》させねば止《や》まないとする。
此《こ》の時《とき》凡《すべ》ての樹木《じゆもく》やそれから冬季《とうき》の間《あひだ》にはぐつたりと地《ち》に附《つ》いて居《ゐ》た凡《すべ》ての雜草《ざつさう》が爪立《つまだて》して只《たゞ》空《そら》へ/\と暖《あたゝ》かな光《ひかり》を求《もと》めて止《や》まぬ。土《つち》がそれを凝然《ぢつ》と曳《ひ》きとめて放《はな》さない。それで一|切《さい》の草木《さうもく》は土《つち》と直角《ちよくかく》の度《ど》を保《たも》つて居《ゐ》る、冬季《とうき》の間《あひだ》は土《つち》と平行《へいかう》することを好《この》んで居《ゐ》た人《ひと》も鐵《てつ》の針《はり》が磁石《じしやく》に吸《す》はれる如《ごと》く土《つち》に直立《ちよくりつ》して各自《てんで》に手《て》に農具《のうぐ》を執《と》る。紺《こん》の股引《ももひき》を藁《わら》で括《くゝ》つて皆《みな》田《た》を耕《たがや》し始《はじ》める。水《みづ》が欲《ほ》しいと人《ひと》が思《おも》ふ時《とき》蛙《かへる》は一|齊《せい》に裂《さ》けるかと思《おも》ふ程《ほど》喉《のど》の袋《ふくろ》を膨脹《ばうちやう》させて身《み》を撼《ゆる》がしながら殊更《ことさら》に鳴《な》き立《た》てる。白《しろ》い※[#「糸+圭」、第3水準1−90−3]絲《すがいと》のやうな雨《あめ》は水《みづ》が田《た》に滿《み》つるまでは注《そゝ》いで又《また》注《そゝ》ぐ。鳴《な》くべき時《とき》に鳴《な》く爲《ため》にのみ生《うま》れて來《き》た蛙《かへる》は苅株《かりかぶ》を引《ひ》つ返《かへ》し/\働《はたら》いて居《ゐ》る人々《ひと/″\》の周圍《しうゐ》から足下《あしもと》から逼《せま》つて敏捷《びんせう》に其《そ》の手《て》を動《うご》かせ/\と促《うなが》して止《や》まぬ。蛙《かへる》がぴつたりと聲《こゑ》を呑《の》む時《とき》には日中《につちう》の暖《あたゝ》かさに人《ひと》もぐつたりと成《な》つて田圃《たんぼ》の短《みじか》い草《くさ》にごろりと横《よこ》に成《な》る。更《さら》に蛙《かへる》はひつそりと靜《しづ》かな夜《よる》になると如何《いか》に自分《じぶん》の聲《こゑ》が遠《とほ》く且《かつ》遙《はるか》に響《ひゞ》くかを矜《ほこ》るものゝ如《ごと》く力《ちから》を極《きは》めて鳴《な》く。雨戸《あまど》を閉《と》づる時《とき》蛙《かへる》の聲《こゑ》は滅切《めつきり》遠《とほ》く隔《へだ》つてそれがぐつたりと疲《つか》れた耳《みゝ》を擽《くすぐ》つて百姓《ひやくしやう》の凡《すべ》てを安《やす》らかな眠《ねむ》りに誘《いざな》ふのである。熟睡《じゆくすゐ》することによつて百姓《ひやくしやう》は皆《みな》短《みじか》い時間《じかん》に肉體《にくたい》の消耗《せうまう》を恢復《くわいふく》する。彼等《かれら》が雨戸《あまど》の隙間《すきま》から射《さ》す夜明《よあけ》の白《しろ》い光《ひかり》に驚《おどろ》いて蒲團《ふとん》を蹴《け》つて外《そと》に出《で》ると、今更《いまさら》のやうに耳《みゝ》に迫《せま》る蛙《かへる》の聲《こゑ》に其《そ》の覺醒《かくせい》を促《うなが》されて、井戸端《ゐどばた》の冷《つめ》たい水《みづ》に全《まつた》く朝《あさ》の元氣《げんき》を喚《よ》び返《かへ》すのである。草木《くさき》は遠《とほ》く遙《はるか》に響《ひゞ》けと鳴《な》く其《そ》の聲《こゑ》に撼《ゆす》られつゝ夜《よる》の間《あひだ》に生長《せいちやう》する。櫟《くぬぎ》や楢《なら》や其《その》他《た》の雜木《ざふき》は蛙《かへる》が鳴《な》けば鳴《な》く程《ほど》さうしてそれが鳴《な》き止《や》む季節《きせつ》までは幾《いく》らでも繁茂《はんも》することを繼續《けいぞく》しようとする。其處《そこ》には毛蟲《けむし》や其《そ》の他《た》の淺猿《あさま》しい損害《そんがい》が或《あるひ》は有《あ》るにしても、しと/\と屡《しば/\》梢《こずゑ》を打《う》つ雨《あめ》が空《そら》の蒼《あを》さを移《うつ》したかと思《おも》ふやうに力強《ちからづよ》い深《ふかい》い緑《みどり》が地上《ちじやう》を掩《おほ》うて爽《さわや》かな冷《すゞ》しい陰《かげ》を作《つく》るのである。
鬼怒川《きぬがは》の西岸《せいがん》一|部《ぶ》の地《ち》にも恁《か》うして春《はる》は來《きた》り且《かつ》推移《すゐい》した。憂《うれ》ひあるものも無《な》いものも等《ひと》しく耒※[#「耒+巨」、74−15]《らいし》を執《と》つて各《おの/\》其《そ》の處《ところ》に就《
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