《ひた》して置《お》いて摺鉢《すりばち》ですつて、それをくつ/\と煮《に》て砂糖《さたう》を入《いれ》て嘗《な》めさせた。與吉《よきち》は一箸《ひとはし》嘗《な》めては舌鼓《したつゞみ》を打《う》つて其《その》小《ちひ》さな白《しろ》い齒《は》を出《だ》して、頭《あたま》を後《うしろ》へひつゝける程《ほど》身《み》を反《そ》らしておつぎの顏《かほ》を凝然《ぢつ》と見《み》ては甘《あま》えた聲《こゑ》を立《たて》て笑《わら》ふのである。與吉《よきち》はそれが欲《ほし》くなれば小《ちひ》さな手《て》で煤《すゝ》けた※[#「竹かんむり/(目+目)/隻」、第4水準2−83−82]棚《わくだな》を指《さ》した。其處《そこ》には彼《かれ》の好《この》む砂糖《さたう》の小《ちひ》さな袋《ふくろ》が載《の》せてあるのであつた。
 おつぎは勘次《かんじ》が吩咐《いひつ》けて行《い》つた通《とほ》り桶《をけ》へ入《い》れてある米《こめ》と麥《むぎ》との交《ま》ぜたのを飯《めし》に炊《た》いて、芋《いも》と大根《だいこ》の汁《しる》を拵《こしら》へる外《ほか》どうといふ仕事《しごと》もなかつた。其《そ》の間《あひだ》には與吉《よきち》を背負《せお》つて林《はやし》の中《なか》を歩《ある》いて竹《たけ》の竿《さを》で作《つく》つた鍵《かぎ》の手《て》で枯枝《かれえだ》を採《と》つては麁朶《そだ》を束《たば》ねるのが務《つとめ》であつた。おつぎは麥藁《むぎわら》で田螺《たにし》のやうな形《かたち》に捻《よぢ》れた籠《かご》を作《つく》つてそれを與吉《よきち》へ持《も》たせた。卯平《うへい》はぶらりと出《で》て行《い》つては歸《かへ》りには駄菓子《だぐわし》を少《すこ》し袂《たもと》へ入《い》れて來《く》る。さうして卯平《うへい》は菓子《くわし》を持《も》つた右《みぎ》の手《て》を左《ひだり》の袖口《そでくち》から出《だ》して與吉《よきち》へ見《み》せる、與吉《よきち》はふら/\と漸《やうや》く歩《ある》いて行《い》つては、衝《つ》き當《あた》り相《さう》に卯平《うへい》へ捉《つかま》つて袂《たもと》を探《さが》す。さうすると菓子《くわし》を持《も》つた手《て》が更《さら》に卯平《うへい》の左《ひだり》の袂《たもと》から出《で》る。與吉《よきち》は危《あぶ》な相《さう》に卯平《うへい》の身體《からだ》を傳《つた》ひつゝ左《ひだり》へ廻《まは》つて行《ゆ》く。さうすると卯平《うへい》の手《て》が與吉《よきち》の頭《あたま》の上《うへ》に乘《の》つて菓子《くわし》が頭《あたま》へ落《おと》される。與吉《よきち》が頭《あたま》へ手《て》をやる時《とき》に菓子《くわし》は足下《あしもと》へぽたりと落《お》ちる。與吉《よきち》は慌《あわ》てゝ菓子《くわし》を拾《ひろ》つては聲《こゑ》を立《た》てゝ笑《わら》ふのである。菓子《くわし》は何時《いつ》までも減《へ》らないやうに砂糖《さたう》で固《かた》めた黒《くろ》い鐵砲玉《てつぱうだま》が能《よ》く與《あた》へられた。頭《あたま》から落《お》ちてころ/\と鐵砲玉《てつぱうだま》が遠《とほ》く轉《ころ》がつて行《ゆ》くのを、倒《たふ》れながら逐《お》ひ掛《か》けて行《い》く與吉《よきち》を見《み》て卯平《うへい》のむつゝりとした顏《かほ》が溶《と》けるのである。與吉《よきち》は躓《つまづ》いて倒《たふ》れても其《その》時《とき》は決《けつ》して泣《な》くことがない。鐵砲玉《てつぱうだま》は麥藁《むぎわら》の籠《かご》へも入《い》れられた。與吉《よきち》はそれを大事相《だいじさう》に持《も》つては時ゝ《とき/″\》覗《のぞ》きながら、おつぎが炊事《すゐじ》の間《あひだ》を大人《おとな》しくして坐《すわ》つて居《ゐ》るのであつた。

         六

 春《はる》は空《そら》からさうして土《つち》から微《かすか》に動《うご》く。毎日《まいにち》のやうに西《にし》から埃《ほこり》を捲《ま》いて來《く》る疾風《しつぷう》がどうかするとはたと止《とま》つて、空際《くうさい》にはふわ/\とした綿《わた》のやうな白《しろ》い雲《くも》がほつかりと暖《あたゝ》かい日光《につくわう》を浴《あ》びようとして僅《わづか》に立《た》ち騰《のぼ》つたといふやうに、動《うご》きもしないで凝然《ぢつ》として居《ゐ》ることがある。水《みづ》に近《ちか》い濕《しめ》つた土《つち》が暖《あたゝ》かい日光《につくわう》を思《おも》ふ一|杯《ぱい》に吸《す》うて其《その》勢《いきほ》ひづいた土《つち》の微《かす》かな刺戟《しげき》を根《ね》に感《かん》ぜしめるので、田圃《たんぼ》の榛《はん》の木《き》の地味《ぢみ》な蕾《つぼみ》は目《め》に立《た》たぬ
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