より》が騷《さわ》ぎ出《だ》した。恁《か》ういふ同志《どうし》へのこんな惡戲《いたづら》は何處《どこ》でも能《よ》く反覆《くりかへ》されるのであつた。さうして成功《せいこう》した惡戲者《いたづらもの》は
「仕事《しごと》は何《なん》でも牝鷄《めんどり》でなくつちや甘《うま》く行《い》かねえよ」といつては陰《かげ》で笑《わら》ふのである。
「外聞《げえぶん》曝《さら》しやがつて」と卯平《うへい》は怒《おこ》つたがそれが爲《ため》に事《こと》は容易《ようい》に運《はこ》ばれた。勘次《かんじ》は婿《むこ》に成《な》つたのである。簡單《かんたん》な式《しき》が行《おこな》はれた。俄《にはか》に媒妁人《ばいしやくにん》と定《さだ》められたものが一人《ひとり》で勘次《かんじ》を連《つ》れて行《い》つた。卯平《うへい》はむつゝりとしてそれを受《う》けた。平生《へいぜい》行《ゆ》きつけた家《うち》なので勘次《かんじ》は極《きま》り惡相《わるさう》に坐《すわ》つた。お品《しな》は不斷衣《ふだんぎ》の儘《まゝ》襷掛《たすきがけ》で大儀相《たいぎさう》な體躯《からだ》を動《うご》かして居《ゐ》て勘次《かんじ》の側《そば》へは坐《すわ》らなかつた。媒妁人《ばいしやくにん》が只《たゞ》酒《さけ》を飮《の》んで騷《さわ》いだ丈《だけ》であつた。お品《しな》は間《ま》もなく女《をんな》の子《こ》を産《う》んだ。それがおつぎであつた。季節《きせつ》は暮《くれ》の押《お》し詰《つま》つた忙《いそが》しい時《とき》であつた。お袋《ふくろ》はお品《しな》が好《す》いて居《ゐ》るので、勘次《かんじ》を不足《ふそく》な婿《むこ》と思《おも》つては居《ゐ》なかつた。勘次《かんじ》は其《その》暮《くれ》も亦《また》主人《しゆじん》へ身《み》を任《まか》せる筈《はず》で前借《ぜんしやく》した給金《きふきん》を、お品《しな》の家《うち》へ注《つ》ぎ込《こ》んだのでお袋《ふくろ》は却《かへつ》て悦《よろこ》んで居《ゐ》た。卯平《うへい》は唯《たゞ》勘次《かんじ》を蟲《むし》が好《すか》なかつた。自分《じぶん》は其《その》大《おほ》きな體躯《からだ》でぐい/\と仕事《しごと》をしつけたのに勘次《かんじ》が小《ちひ》さな體躯《からだ》でちよこ/\と駈《か》け歩《ある》いたり、ただ吩咐《いひつけ》ばかり聞《き》いて居《ゐ》るので自分《じぶん》の機轉《きてん》といふものが一|向《かう》なかつたりするので酷《ひど》く齒痒《はがゆ》く思《おも》つて居《ゐ》た。然《しか》し自分《じぶん》は入夫《にふふ》といふ關係《くわんけい》もあるしそれに生來《せいらい》の寡言《むくち》なので姻戚《みより》の間《あひだ》の協議《けふぎ》にも彼《かれ》は
「どうでもわしはようがすからえゝ鹽梅《あんべい》に極《き》めておくんなせえ」とのみいふのであつた。
勘次《かんじ》は百姓《ひやくしやう》の尤《もつと》も忙《せは》しい其《そ》の頃《ころ》の五|月《ぐわつ》に病氣《びやうき》に成《な》つた。彼《かれ》は轡《くつわ》へ附《つ》けた竹竿《たけざを》の端《はし》を執《と》つて馬《うま》を馭《ぎよ》しながら、毎日《まいにち》泥《どろ》だらけになつて田《た》の代掻《しろかき》をした。どうかするとそんな季節《きせつ》に東南風《いなさ》が吹《ふ》いて慄《ふる》へる程《ほど》冷《ひ》えることがある。勘次《かんじ》は其《そ》の冷《ひ》えが障《さは》つたのであつたらうか心持《こゝろもち》が惡《わる》いというて田《た》から戻《もど》つて來《く》るとそれつ切《き》り枕《まくら》も上《あが》らぬやうになつた。能《よ》く馬《うま》の病氣《びやうき》に飮《の》ませる赤玉《あかだま》といふ藥《くすり》を幾粒《いくつぶ》か嚥《の》んで彼《かれ》は蒲團《ふとん》へくるまつて居《ゐ》た。彼《かれ》はどうにか病氣《びやうき》の凌《しの》ぎがつけば卯平《うへい》の側《そば》へは行《ゆ》きたくなかつた。それと一《ひと》つには我慢《がまん》して仕事《しごと》に出《で》れば碌《ろく》には働《はたら》けなくても一|日《にち》の勤《つと》めを果《はた》したことに成《な》るけれども、丸《まる》で休《やす》んで畢《しま》へば其《そ》の日《ひ》だけの割當勘定《わりあてかんぢやう》が給金《きふきん》から差引《さしひ》かれなければ成《な》らぬので彼《かれ》はそれを畏《おそ》れた。然《しか》し病氣《びやうき》は馬《うま》に飮《の》ませる藥《くすり》の赤玉《あかだま》では直《すぐ》には癒《なほ》らなかつた。それで彼《かれ》はお品《しな》の厄介《やくかい》に成《な》る積《つもり》で、次《つぎ》の朝《あさ》早《はや》く朋輩《ほうばい》の背《せ》に運《はこ》ばれた。卯平《うへい》
前へ
次へ
全239ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング