りつけられた。葬式《さうしき》の日《ひ》は赤口《しやくこう》といふ日《ひ》であつた。
勘次《かんじ》は近所《きんじよ》と姻戚《みより》との外《ほか》には一|飯《ぱん》も出《だ》さなかつたがそれでも村《むら》のものは皆《みな》二|錢《せん》づゝ持《も》つて弔《くや》みに來《き》た。さうしてさつさと歸《かへ》つて行《い》つた。遠《とほ》く離《はな》れた寺《てら》からは住職《ぢうしよく》と小坊主《こばうず》とが、褪《さ》めた萠黄《もえぎ》の法被《はつぴ》を着《き》た供《とも》一人《ひとり》連《つ》れて挾箱《はさみばこ》を擔《かつ》がせて歩《ある》いて來《き》た。小坊主《こばうず》は直《すぐ》に棺桶《くわんをけ》の葢《ふた》をとつて白《しろ》い木綿《もめん》を捲《ま》くつて窶《やつ》れた頬《ほゝ》へ剃刀《かみそり》を一寸《ちよつと》當《あ》てた。此《こ》の形式的《けいしきてき》の顏剃《かほそり》が濟《す》んでから葢《ふた》は釘《くぎ》で打《う》ち附《つ》けられた。荒繩《あらなは》が十|文字《もんじ》に掛《か》けられた。晒木綿《さらしもめん》の残《のこ》つた半反《はんだん》でそれがぐる/\と捲《ま》かれた。桶《をけ》には更《さら》に天葢《てんがい》が載《の》せられた。天葢《てんがい》というても兩端《りやうたん》が蕨《わらび》のやうに捲《まか》れた狹《せま》い松板《まついた》を二|枚《まい》十|字《じ》に合《あは》せたまでのものに過《すぎ》ない簡單《かんたん》なものである。煤《すゝ》けた壁《かべ》には此《こ》れも古《ふる》ぼけた赤《あか》い曼荼羅《まんだら》の大幅《おほふく》が飾《かざり》のやうに掛《か》けられた。棺《くわん》は僅《わづか》な人《ひと》で葬《はうむ》られた。それでも白提灯《しろぢやうちん》が二張《ふたはり》翳《かざ》された。裂《さ》き竹《だけ》を格子《かうし》の目《め》に編《あ》んでいゝ加減《かげん》の大《おほ》きさに成《な》るとぐるりと四|方《はう》を一つに纏《まと》めて括《くゝ》つた花籠《はなかご》も二つ翳《かざ》された。孰《ど》れも青竹《あをだけ》の柄《え》が附《つ》けられた。其《そ》の籠《かご》へは髭《ひげ》のやうに裂《さ》き竹《だけ》を立《た》てゝ其《そ》の裂《さ》き竹《だけ》には赤《あか》や黄《き》や青《あを》や其《そ》の他《た》の色紙《いろがみ》で刻《きざ》んだ花《はな》を飾《かざ》つた。其《そ》の花籠《はなかご》は又《また》底《そこ》へ紙《かみ》を敷《し》いて死《し》んだものゝ年齡《とし》の數《かず》だけ小錢《こぜに》を入《い》れて、それを翳《かざ》した人《ひと》が時々《ときどき》ざら/\と振《ふ》つては籠《かご》の目《め》から其《そ》の小錢《こぜに》を振《ふ》り落《おと》した。村《むら》の小供《こども》が爭《あらそ》つてそれを拾《ひろ》つた。提灯《ちやうちん》と花籠《はなかご》は先《さき》に立《た》つた。後《あと》からは村《むら》の念佛衆《ねんぶつしう》が赤《あか》い胴《どう》の太皷《たいこ》を首《くび》へ懸《か》けてだらりだらりとだらけた叩《たゝ》きやうをしながら一|同《どう》に聲《こゑ》を擧《あげ》て跟《つ》いて行《い》つた。柩《ひつぎ》は小徑《こみち》を避《さ》けて大道《わうらい》を行《い》つた。村《むら》の者《もの》は自分《じぶん》の門《かど》からそれを覗《のぞ》いた。棺桶《くわんをけ》は据《すわ》りが惡《わる》い所爲《せゐ》か途中《とちう》で止《や》まずぐらり/\と動搖《どうえう》した。勘次《かんじ》はそれでも羽織《はおり》袴《はかま》で位牌《ゐはい》を持《も》つた。それは皆《みな》借《か》りたので羽織《はおり》の紐《ひも》には紙撚《こより》がつけてあつた。
墓《はか》の穴《あな》は燒《や》けた樣《やう》な赤土《あかつち》が四|方《はう》へ堆《うづたか》く掻《か》き上《あ》げられてあつた。其處《そこ》には從來《これまで》隙間《すきま》のない程《ほど》穴《あな》が掘《ほ》られて、幾多《いくた》の人《ひと》が埋《うづ》められたので手《て》の骨《ほね》や足《あし》の骨《ほね》がいつものやうに掘《ほ》り出《だ》されて投《な》げられてあつた。法被《はつぴ》を着《き》た寺《てら》の供《とも》が棺桶《くわんをけ》を卷《ま》いた半反《はんだん》の白木綿《しろもめん》をとつて挾箱《はさんばこ》に入《いれ》た。軈《やが》て棺桶《くわんをけ》は荒繩《あらなは》でさげて其《そ》の赤《あか》い土《つち》の底《そこ》に踏《ふ》みつけられた。麁末《そまつ》な棺臺《くわんだい》は少《すこ》し堆《うづたか》く成《な》つた土《つち》の上《うへ》に置《お》かれて、二《ふた》つの白張提灯《しらはりちやうちん》と二《ふた》つの花籠《
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