狹《せま》い小屋《こや》の中《なか》で覗《のぞ》く叺《かます》の底《そこ》は闇《くら》かつた。僅《わづ》かに交《まじ》つた小《ちひ》さな白《しろ》い銀貨《ぎんくわ》が見《み》る度《たび》に彼《かれ》の心《こゝろ》に幾《いく》らかの光《ひかり》を與《あた》へた。彼《かれ》が什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に惜《をし》んでも叺《かます》の中《なか》の減《へ》つて行《ゆ》くのを防《ふせ》ぐことは出來《でき》ない。然《しか》も寡言《むくち》な彼《かれ》は徒《いたづ》らに自分《じぶん》獨《ひとり》が噛《か》みしめて、絶《た》えず只《たゞ》憔悴《せうすゐ》しつゝ沈鬱《ちんうつ》の状態《じやうたい》を持續《ぢぞく》した。彼《かれ》は其《その》状態《じやうたい》を保《たも》つて念佛寮《ねんぶつれう》の圍爐裏《ゐろり》にどつかと懶《ものう》い身體《からだ》を据《す》ゑて居《ゐ》た。
庭《には》の騷《さわ》ぎは止《や》んで疾風《しつぷう》の襲《おそ》うた如《ごと》く寮《れう》の内《うち》は復《また》雜然《ざつぜん》として卯平《うへい》を圍《かこ》んだ沈鬱《ちんうつ》な空氣《くうき》を攪亂《かくらん》した。軈《やが》て老人等《としよりら》が互《たがひ》の懷錢《ふところせん》を出《だ》し合《あ》うた二|升樽《しやうだる》が運《はこ》ばれて酒《さけ》が又《また》沸《わか》された。酒《さけ》の座《ざ》は圍爐裏《ゐろり》に近《ちか》く形《かたちづく》られた。其《そ》の時《とき》まだ與吉《よきち》は去《さ》らなかつた。卯平《うへい》は默《だま》つて五|厘《りん》の銅貨《どうくわ》を投《な》げた。側《そば》に居《ゐ》た一人《ひとり》の老人《としより》がそれを拾《ひろ》はうとして見《み》せると與吉《よきち》は兩方《りやうはう》の手《て》を掛《かけ》てそれから身《み》を以《もつ》て俺《おほ》うた。彼《かれ》はそれを堅《かた》く掴《つか》んで
「爺《ぢい》、いま一《ひと》つくんねえか」と更《さら》に強請《せが》んだ。彼《かれ》は五|厘《りん》の銅貨《どうくわ》を大事《だいじ》にした。然《しか》し彼《かれ》は暫《しばら》く一|錢《せん》の銅貨《どうくわ》に訓《な》れて居《ゐ》たので心《こゝろ》に僅《わづか》な不足《ふそく》を感《かん》じたのであつた
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