うせつ》に感《かん》ずる程度《ていど》の相違《さうゐ》はあるにしても、死《し》の問題《もんだい》に苦《くる》しめられて居《ゐ》るのは事實《じじつ》である。卯平《うへい》の心《こゝろ》にも同《おな》じく死《し》の觀念《くわんねん》が止《や》まず往來《わうらい》した。
 彼《かれ》は其《その》手先《てさき》の自由《じいう》を失《うしな》うた時《とき》自棄《やけ》の心《こゝろ》から彼《かれ》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》を解《と》いた。野田《のだ》に居《ゐ》た頃《ころ》主人《しゆじん》や又《また》は主人《しゆじん》の用《よう》での出先《でさき》から貰《もら》つた幾筋《いくすぢ》の手拭《てぬぐひ》を繼《つ》ぎ合《あは》せて拵《こしら》へた浴衣《ゆかた》を出《だ》した。清潔好《きれいずき》な彼《かれ》には派手《はで》な手拭《てぬぐひ》の模樣《もやう》が當時《たうじ》矜《ほこり》の一《ひと》つであつた。彼《かれ》はもう自分《じぶん》の心《こゝろ》を苛《いぢ》めてやるやうな心持《こゝろもち》で目欲《めぼ》しい物《もの》を漸次《だん/\》に質入《しちいれ》した。彼《かれ》は眼前《がんぜん》に氷《こほり》が閉《と》ぢては毎日《まいにち》暖《あたゝか》い日《ひ》の光《ひかり》に溶解《ようかい》されるのを見《み》て居《ゐ》た。彼《かれ》にはそれが只《たゞ》さういふ現象《げんしやう》としてのみ眼《め》に映《うつ》つた。彼《かれ》は自由《じいう》を失《うしな》うた其《その》手先《てさき》が暖《あたゝか》い春《はる》の日《ひ》が積《つも》つて漸次《だん/\》に和《やは》らげられるであらうといふ微《かす》かな希望《のぞみ》をさへ起《おこ》さぬ程《ほど》身《み》も心《こゝろ》も僻《ひが》んでさうして苦《くる》しんだ。彼《かれ》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》から獲《え》つゝあつた金錢《きんせん》は些少《すこし》のものであつたが、それは時《とき》として彼《かれ》の硬《こは》ばつた舌《した》に適《てき》した食料《しよくれう》の或《ある》物《もの》を求《もと》める外《ほか》に一|部分《ぶぶん》は與吉《よきち》の小《ちひ》さな手《て》に落《おと》されるのであつた。果敢《はか》ない煙草入《たばこいれ》の叺《かます》の中《なか》を懸念《けねん》するやうに彼《かれ》は數次《しばしば》覗《のぞ》いた。陰鬱《いんうつ》な
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