《しかた》なしに小鍋《こなべ》を火鉢《ひばち》へ掛《か》けた。彼《かれ》は微《かす》かに白《しろ》い水蒸氣《ゆげ》が鍋《なべ》から立《た》ち始《はじ》めた時《とき》お玉杓子《たまじやくし》で掻《か》き立《た》てゝ吸《す》つて見《み》たが猶且《やつぱり》冷《つめ》たかつた。彼《かれ》は復《ま》た火鉢《ひばち》へ麁朶《そだ》を足《た》して重箱《ぢゆうばこ》の飯《めし》を鍋《なべ》へ入《い》れた。火鉢《ひばち》の割合《わりあひ》には大《おほ》きな鍋《なべ》に頬《ほゝ》が觸《さは》るばかりにしてふう/\と火《ひ》を吹《ふ》いた。鍋《なべ》のぐず/\と濁《にご》つた聲《こゑ》を立《た》てゝ居《ゐ》る間《あひだ》彼《かれ》は皺《しな》びた大《おほ》きな手《て》を火《ひ》に翳《かざ》しながら目《め》を蹙《しか》めて居《ゐ》た。彼《かれ》は凝然《ぢつ》と遠《とほ》くへ自分《じぶん》の心《こゝろ》を放《はな》つたやうにぽうつとして居《ゐ》ては復《また》思《おも》ひ出《だ》したやうに麁朶《そだ》をぽち/\と折《を》つて燻《く》べた。
 彼《かれ》は例年《いつ》になく身體《からだ》の窶《やつ》れが見《み》えた。かさ/\と乾燥《かんさう》した肌膚《はだへ》が一|般《ぱん》の老衰者《らうすゐしや》に通有《つういう》な哀《あは》れさを見《み》せて居《ゐ》るばかりでなく、其《その》大《おほ》きな身體《からだ》は肉《にく》が落《おち》てげつそりと肩《かた》がこけた。彼《かれ》は身體《からだ》の窶《やつ》れを自分《じぶん》でも知《し》つた。彼《かれ》は此《この》一|年《ねん》の間《あひだ》に持病《ぢびやう》の僂麻質斯《レウマチス》が執念《しふね》く骨《ほね》の何處《どこ》かを蝕《は》みつゝあるやうに感《かん》じた。暑《あつ》い季節《きせつ》になれば必《かなら》ず其《そ》の勢《いきほ》ひを潜《ひそ》めた持病《ぢびやう》が彼《かれ》を忘《わす》れて去《さ》らなかつた。
 鍋《なべ》の中《なか》は少《すこ》しぷんと焦《こげ》つく臭《にほひ》がした。彼《かれ》はお玉杓子《たまじやくし》で掻《か》き立《た》てた。鍋《なべ》の底《そこ》は手《て》を動《うご》かす毎《ごと》にぢり/\と鳴《な》つた。彼《かれ》は僅《わづか》に熱《あつ》い雜炊《ざふすゐ》が食道《しよくだう》を通過《つうくわ》して胃《ゐ》に落《お》ち
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