越《てごし》したな爺樣《ぢさま》だつちつたつて、親《おや》のこと謝罪《あやま》れつちことも云《ゆ》はんねえから何氣《なにげ》なしのことにして押《お》つゝけべぢやねえか、なあ」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はさういつて卯平《うへい》の狹《せま》い戸口《とぐち》に立《た》つて居《ゐ》た。
「こつちのおとつゝあん、わしも此《こ》れ變《へん》な噺《はなし》だが勘次《かんじ》さんに頼《たの》まれたやうな形《かたち》でまあ來《き》たんだがね、昨日《きのふ》の日暮《ひくれ》とかにそれ、そつちこつち仕《し》たつちことだつけが、勘次《かんじ》さんもそんなに惡《わ》りい心持《こゝろもち》で云《ゆ》つたんでもねえ鹽梅《あんべえ》だし、まあ手《てえ》ついて謝罪《あやま》らせんの何《なん》だのつちことでなく、此《こ》ら其《そ》の場《ば》限《かぎ》りとして仲善《なかよ》くやつて貰《もれ》えてえんだがどうしたもんだんべね、腹《はらあ》立《た》たせんなこら惡《わ》りいかも知《し》んねえが、親子《おやこ》と成《な》つてゝ此《こ》れ、ちつとのことで後《あと》で考《かんげ》へて見《み》ちやつまんねえもんだから、なあこつちのおとつゝあん」仲裁者《ちうさいしや》は軟《やはら》かにさうして然《しか》も厭《いや》といはれぬやうに打《う》ち解《と》けて突《つ》つ込《こ》んだ。
「なあに俺《お》らあどうもかうもねえんだが、彼《あ》の野郎奴《やらうめ》はあ、何《なん》ぢやねえ、俺《お》れこと邪魔《じやま》なんだから、俺《お》らあ俺《お》れだと思《おも》つてつから管《かま》やしねえが、俺《お》れげ食《く》はせる物《もの》惜《を》しくつて仕《し》やうねえんだから、俺《お》れ家《うち》の物《もの》一粒《ひとつぶ》でも減《へ》らさねえやうに外《ほか》に行《い》つてりやえゝんだんべが、俺《お》れえそれから、俺《お》れことさうだに厭《や》なんだら自分《じぶん》で何處《どこ》さでもけつかつた方《はう》がえゝ、厭《や》だら後《あと》から來《き》た者《もの》出《で》ろつち氣《き》なんだから」卯平《うへい》は銜《くは》へた煙管《きせる》を少《すこ》し顫《ふる》へる手《て》に持《も》つて途切《とぎ》れながら漸《やうや》く此《こ》れだけいつた。
「そりちこつちのおとつゝあんさうだがな、先刻《さつき》もいふ通《とほ》り腹《はら》も立《た》つべ
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