えて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》こと云《ゆ》へやがんだんべなんて、※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《お》ら放心《うつかり》してたもんだから逃《に》げ間《ま》にやあねえで、此《こ》れかうえに怪我《けが》しつちやつたな、今《いま》蒔物《まきもの》の忙《いそが》しい處《ところ》へ打《ぶ》つ込《こ》んで、何處《どこ》までも癒《なほ》んねえやうでもしやうねえから朝《あさ》つ稼《かせ》ぎに骨接《ほねつぎ》へ行《え》つたんだが、遠《とほ》いのにそれに行《え》つて見《み》つと怪我人《けがにん》が來《き》て居《ゐ》てちよつくらぢやねえもんだから、隨分《ずいぶん》急《えそ》えだ積《つもり》だつけがこんなに遲《おそ》くなつちやつて、何《なん》ちつても日《ひ》は短《みじか》くなつたかんな、さう云《ゆ》つても怪我人《けがにん》ちや有《あ》るもんだな、」勘次《かんじ》は漸《やうや》くさうして仔細《しさい》に事《こと》の顛末《てんまつ》を打《う》ち明《あ》けた。
「そんだが怪我《けが》は大變《たいへん》なこたねえのか」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はそれも義理《ぎり》だといふやうに聞《き》いた。
「うむ」と勘次《かんじ》はいひ淀《よど》んだ。南《みなみ》の亭主《ていしゆ》は其《そ》の理由《わけ》を覺《さと》ることは出來《でき》ないのみでなく、其《そ》のいひ澱《よど》んだことを不審《ふしん》に思《おも》ふ心《こゝろ》さへ起《おこ》さぬ程《ほど》放心《うつかり》と聞《き》いて居《ゐ》た。
「そんで爺樣《ぢさま》はどうしたつちんでえ」南《みなみ》の亭主《ていしゆ》はそれから先《さき》を聞《き》いた。
「俺《お》ら朝《あさ》つぱら出掛《でかけ》つちやつてまあだ行逢《えきや》えもしねえから、どうするつちんだか分《わか》んねえが、どうせ甘《うめ》え面付《つらつき》もしちや居《え》らんめえな、此《こ》んで怪我《けが》なんぞさせてえゝ心持《こゝろもち》ぢやあんめえな、さうぢやねえけ」勘次《かんじ》はだん/\勢《いきほ》ひがついていつた。
「そんぢや噺《はなし》はどうゆ姿《なり》にもして置《お》かなくつちやしやうあんめえな、俺《お》れまあ噺《はなし》はして見《み》つから、どつちがどうのかうのつちつたつて仕《し》やうねえし、まさかおめえ手
前へ
次へ
全478ページ中360ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング