はれて居《ゐ》る。さうして低《ひく》く相《あひ》接《せつ》して居《ゐ》る木立《こだち》との間《あひだ》に截然《くつきり》と強《つよ》い線《せん》を描《ゑが》いて空《そら》は憎《にく》い程《ほど》冴《さえ》て居《ゐ》る。さうだ。凡《すべ》ての植物《しよくぶつ》が有《も》つて居《ゐ》る緑素《りよくそ》は悉皆《みんな》空《そら》が持《も》つて居《ゐ》るのだ。春《はる》になると空《そら》はそれを雨《あめ》に溶解《ようかい》して撒《ま》いてやるのだ。それだから濕《うるほ》うた枝《えだ》はどれでも青《あを》く彩《いろど》られねばならぬ筈《はず》である。それだから幾度《いくたび》百姓《ひやくしやう》の手《て》が耕《たがや》さうとも其《そ》の土《つち》を乾燥《かんさう》して濡《ぬ》らさぬ工夫《くふう》を立《たて》ない限《かぎ》りは、思《おも》はぬ處《ところ》にぽつり/\と草《くさ》の葉《は》が青《あを》く出《で》て、雨《あめ》が降《ふ》れば降《ふ》る程《ほど》何處《どこ》でも一|杯《ぱい》に其《そ》の草《くさ》の葉《は》が濃《こ》く成《な》つて行《ゆ》かねばならぬ筈《はず》である。それを晩秋《ばんしう》の空《そら》が悉皆《みんな》持《も》ち去《さ》るので滅切《めつきり》と冴《さ》える反對《はんたい》に草木《くさき》は凡《すべ》てが乾燥《かんさう》したりくすんだりして畢《しま》ふのに相違《さうゐ》ないのである。
明《あか》るい日《ひ》は全《まつた》く晝《ひる》に成《な》つた。處々《ところ/″\》の島《しま》のやうな畑《はたけ》の縁《へり》から田《た》へ偃《は》ひ掛《かゝ》つて居《ゐ》る料理菊《れうりぎく》の黄《き》な花《はな》が就中《なかでも》一|番《ばん》強《つよ》く日光《につくわう》を反射《はんしや》して近《ちか》いよりは遠《とほ》い程《ほど》快《こゝろ》よく鮮《あざや》かに見《み》えて居《ゐ》る。勘次《かんじ》は始終《しよつちう》手拭《てぬぐひ》を以《もつ》て捲《ま》いた右手《めて》の肘《ひぢ》を抱《かゝ》へるやうにして伏目《ふしめ》に歩《ある》いた。道《みち》に添《そ》うて狹《せま》い堀《ほり》の淺《あさ》い水《みづ》に彼《かれ》の目《め》が放《はな》たれた。がら/\に荒《すさ》んだ狼把草《たうこぎ》やゑぐがぽつ/\と水《みづ》に浸《ひた》つて居《ゐ》る。蒼《あを》い空《そ
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