それ》から又《また》一|散《さん》に走《はし》つた。彼《かれ》は少《すこ》しの間《ま》に酷《ひど》く暇《ひま》どつたやうに感《かん》じた。足《あし》には脚絆《きやはん》と草鞋《わらぢ》とを穿《はい》て背《せ》には蓙《ござ》を負《お》うて居《ゐ》る。蓙《ござ》は終《た》えず彼《かれ》の背後《はいご》にがさ/\と鳴《な》つて其《そ》の耳《みゝ》を騷《さわ》がした。彼《かれ》は遂《つひ》に土手《どて》から折《を》れて東《ひがし》へ/\と走《はし》つた。
 村落《むら》がぽつり/\と木立《こだち》を形《かたど》つて居《ゐ》る外《ほか》には一|帶《たい》に只《たゞ》連續《れんぞく》して居《ゐ》る水田《すゐでん》を貫《つらぬ》いて道《みち》は遙《はるか》に遠《とほ》く、ひつゝいたやうな臺地《だいち》の林《はやし》を望《のぞ》んで一|直線《ちよくせん》である。彼《かれ》は嘗《かつ》て其處《そこ》を歩《ある》いたことはあつた。然《しか》し彼《かれ》の知《し》つてるのは幾屈曲《いくくつきよく》をなして居《ゐ》た當時《たうじ》である。彼《かれ》は何時《いつ》の間《ま》にか極端《きよくたん》に人工的《じんこうてき》の整理《せいり》を施《ほどこ》された耕地《かうち》に驚愕《おどろき》の目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つた。彼《かれ》は溝渠《こうきよ》の井然《せいぜん》として居《ゐ》るのに見惚《みと》れて畢《しま》つた。
 日《ひ》は漸《やうや》く朝《あさ》を離《はな》れて空《そら》に居据《ゐすわ》つた。凡《すべ》ての物《もの》が明《あか》るい光《ひかり》を添《そ》へた。然《しか》しながら周圍《しうゐ》の何處《いづこ》にも活々《いき/\》した緑《みどり》は絶《た》えて目《め》に映《うつ》らなかつた。まだ幾《いく》らも刈《か》られてない田《た》は、黄褐色《くわうかつしよく》の明《あか》るい光《ひかり》を反射《はんしや》して、處々《しよ/\》の畑《はたけ》に仕《あ》る桑《くは》も、霜《しも》に逢《あ》ふまではと梢《こずゑ》の小《ちひ》さな軟《やはら》かな葉《は》の四五|枚《まい》が潤《うるほ》ひを有《も》つて居《ゐ》るのみである。ぽつ/\と簇《むらが》つた村落《むら》の木立《こだち》の孰《いづ》れも悉《こと/″\》く赭《あか》いくすんだ葉《は》を以《もつ》て掩《おほ》
前へ 次へ
全478ページ中348ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング