/\》の頂《いたゞき》を撫《な》でゝ居《ゐ》る。爽《さわや》かな秋《あき》は斯《か》くしてからりと展開《てんかい》した。
然《しか》し勘次《かんじ》の作《つく》つた陸稻《をかぼ》はかういふ畑《はたけ》ではなく、梢《こずゑ》の荒《すさ》んだ雜木林《ざふきばやし》の間《あひだ》のみであつた。彼《か》の開墾地《かいこんち》へは周圍《しうゐ》に隱《かく》れる場所《ばしよ》が有《あ》る所爲《せゐ》か、村落《むら》の何處《どこ》にも俄《にはか》に其《その》聲《こゑ》を聞《き》かなくなつた雀《すゞめ》が群《ぐん》をなして日毎《ひごと》に襲《おそ》うた。彼《かれ》はそれでも根《こん》よく白《しろ》い瓦斯絲《ガスいと》を縱横《じゆうわう》に畑《はたけ》の上《うへ》に引《ひ》つ張《ぱ》つてひら/\と燭奴《つけぎ》を吊《つ》つて威《おど》して見《み》た。それでも狡獪《かうくわい》な雀《すゞめ》の爲《ため》に籾《もみ》のまだ堅《かた》まらないで甘《あま》い液汁《しる》の如《ごと》き状態《じやうたい》をなして居《ゐ》る内《うち》から小《ちひ》さな嘴《くちばし》で噛《か》んで夥《したゝ》かに籾殼《もみがら》が滾《こぼ》された。彼《かれ》は空《から》つ風《かぜ》が障《さは》つたとは思《おも》つて居《ゐ》ても、長《なが》い幹《から》を刈《か》り倒《たふ》した時《とき》はそれでも熱心《ねつしん》で且《かつ》愉快《ゆくわい》であつたが、然《しか》し乾燥《かんさう》して米《こめ》にした時《とき》には彼《かれ》は夏《なつ》の頃《ころ》の豫想《よさう》と非常《ひじやう》な相違《さうゐ》であることを確《たしか》めて落膽《らくたん》せざるを得《え》なかつた。
彼《かれ》の淺猿《さも》しい心《こゝろ》が僅《わづか》な米《こめ》や麥《むぎ》を※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、308−10]《あね》なるものゝおつたに騙《だま》して取《と》られたかと思《おも》ひ出《だ》しては暫《しばら》くの間《あひだ》忌々敷《いま/\し》さに堪《た》へなかつた。彼《かれ》は勢《いきほ》ひ何《なに》かに當《あた》り散《ち》らさうとするのにおつぎと與吉《よきち》とに對《たい》しては餘《あま》りに深《ふか》い親《した》しみを有《も》つて居《ゐ》た。斯《か》うして彼《かれ》の卯平《うへい》に對《たい》する
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