んじ》は漸《やうや》くこれだけいつた。淺猿《さも》しい彼《かれ》はおつたへやつた南瓜《たうなす》を換《か》へて置《お》いたのであつた。
「どうしたつけ、昨日《きのふ》の豆《まめ》はそんでもたんと收穫《と》れた割合《わりえゝ》だつけが」おつたが謎《なぞ》のやうにいつても勘次《かんじ》は更《さら》にはき/\といはなかつた。おつたも不快《ふくわい》な容子《ようす》をしながら南瓜《たうなす》と葱《ねぎ》とを脊負《しよ》つて別《べつ》に口《くち》を利《き》くでもなく、只《たゞ》卯平《うへい》と二言《ふたこと》三言《みこと》いつてもうどうでも好《い》いといふ態度《たいど》で出《で》て行《い》つた。勘次《かんじ》はつく/″\と中間《ちうかん》の痛《いた》く痩《や》せて括《くび》れた俵《たわら》を見《み》た。
 財貨《ざいくわ》によつて物質的《ぶつしつてき》の滿足《まんぞく》を自分《じぶん》の暖《あたゝ》かな懷《ふところ》に感《かん》じた時《とき》凡《すべ》ては此《こ》れを失《うしな》ふまいとする恐怖《きようふ》から絶《た》えず其《その》心《こゝろ》を騷《さわ》がせつゝあるやうに、無盡藏《むじんざう》な自然《しぜん》の懷《ふところ》から財貨《ざいくわ》が百姓《ひやくしやう》の手《て》に必《かなら》ず一|度《ど》與《あた》へられる秋《あき》の季節《きせつ》に成《な》れば、其《そ》の財貨《ざいくわ》を保《たも》つた田《た》や畑《はたけ》の穗先《ほさき》が之《これ》を嫉《ねた》む一|部《ぶ》の自然現象《しぜんげんしやう》に對《たい》して常《つね》に戰慄《せんりつ》しつゝ且《かつ》泣《な》いた。二百十|日《か》から廿|日《か》の間《あひだ》に渡《わた》つての暴風《ばうふう》は懸念《けねん》した程《ほど》のことはなく、只《たゞ》秋《あき》の空《そら》は六かし相《さう》に低《ひく》く成《な》つて棒《ぼう》のやうな雲《くも》へ煙《けぶり》の樣《やう》な雲《くも》がぽつり/\と纏《まつは》つて居《ゐ》る日《ひ》が續《つゞ》いて二三|日《にち》晝《ひる》から夜《よる》へ掛《か》けてぼか/\と暖《あたゝ》かい空《から》つ風《かぜ》が思《おも》ひ切《き》り吹《ふ》いた。小松《こまつ》や櫟《くぬぎ》の林《はやし》に交《まじ》つて、之《これ》に觸《ふ》れゝば人《ひと》の肌膚《はだへ》に血《ち》を見《み》せる
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